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    The original owner of the TS-850S in my shack. SK, Nov. 30, 2015. RIP.





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Radio

2021年5月31日 (月)

修理済みローテーター取り付け Mounting the Repaired Antenna Rotator 

5月28日(金)はちょっと忙しい日でした。
午前9時から、先般メーカーに修理を依頼し、直って戻ってきたアンテナ・ローテーターを専門業者にルーフタワーに取り付けてもらいました。
依頼してもなかなか返事が返って来なかったりで、日がかかりましたが、数日前に連絡があり、この日ならできるということで、来てもらいました。

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取り外しのときと同様に、一人でしたが、1時間ほどでテストまで終り、昨年8月の誘導雷被害以来の懸案が落着しました。
昨年は、使うことが少なく、故障に気付くのが遅れてしまい、また、まずコントローラーを修理に出して、これが戻ってから、モーター部の故障が判明して、月日が経ってしまいました。
ローテーターは、内部に使われている5KΩのボリューム・可変抵抗器が故障していたとのことで、その交換となりました。

午後は3時15分に自転車で15分ほどのところの医院でコロナワクチンの接種を受けました。
前日、木曜日に同じところでの母親の接種にも同伴したので、様子は分かっていました。母親の場合は自転車というわけにはいかず、雨も降っていたので、タクシーを予約し、帰りは医院でタクシーを呼んでもらいました。

免疫ができるまでには2回目を打ってもらってさらに日が必要とのことですが、目途が立ってきたので、気分的には少し楽になりました。

4月下旬の予約開始のときにはいろいろあって、区の進め方にも苦情をいいましたが、5月10日に予約が取れました。都内では、良くやっている区に入っているそうで、そんなものかと認識を改めました。
XYLは6月9日の集団接種の予約がとれたそうです

2021年2月 5日 (金)

高尾陣馬自然公園移動運用 Portable JAFF-0195

コロナウィルス感染症の伝染がなかなか収まらず、どうしてもうっとうしい気分になってしまいます。
かかってしまわれた方々にはお見舞い申し上げます。

幸にして、アマチュア無線は電波による交信なので、リスクを免れています。
また、移動運用も人出の少ないところならば三密になる心配がほとんどありません。
そんなことで、昨日、2月4日(木)に高速中央道経由で八王子市まで出かけ、東京都立高尾陣馬自然公園、JAFF-0195、の区域内の八王子城址まで行き、その駐車場で、例によって釣り竿バーチカルを車の上に立て、しばらく運用をしました。

ここは、4年前の2017年1月7日に、ほかへ行った帰りに少し立ち寄り、偵察して4局だけ交信しています。
ガイダンス施設(資料展示館)の駐車場でもあるので、ペットボトルのローディングコイルはやめておきました。

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写真の中央に見えている山が城山です。左手の麓の樹林の中に居館であった「御主殿」跡があります。土手に城主であった北条氏の三鱗の家紋が作ってあります。

まず御主殿跡の見物に行き、戻って設営して1120 JSTころから7メガCWでオンエアしました。
八王子城にはWCA、世界城アワードのナンバー、WCA JA-00025 が付けられているので、そちらも送信しました。

昼食休憩後には、山道に入り、およそ3合目あたりにある金子曲輪まで10分ほど登って、引き返しました。
その後、1320ころからオンエアし、1430ころにQRTしました。

午前と午後の初めのうちはあまりコールがなく、WWFFに必要なプラス40交信、WCAに必要なプラス46交信までにはなかなか届きそうもなく、どうしたものかと思いましたが、1405あたりからコールが続き、57交信をログできました。
コール、スポットをして下さった局長、どうもありがとうございました。
2度ほど14メガでもCQを出してみましたが、コールはありませんでした。ビーコンもほとんど入感がなく、コンディションが良くないようでした。
1430JころにQRTし、1610Jころ無事帰宅しました。

Activated JAFF-0195, Takao-Jinba PNP, Tokyo, yesterday, Thursday, February 4. 2021.
The site was near the 16th century Hachioji castle, WCA JA-00025, also. The hill in the photo and its foot area was the castle.
Logged 57 contacts, all JA stations on 40 meter band. The 20 meter band was tried a couple times but I received no call.

2020年12月17日 (木)

全米女子オープンゴルフ U.S. Women's Open Golf Tournament

先週の木曜日、日本時間では金曜日、から月曜日(同 火曜日)までは、アメリカの女子ゴルフのメジャー大会である全米女子オープンがテキサス州ヒューストンで行われました。
周知のように、日本人選手が19名出場し、とりわけ渋野日向子選手の活躍もありましたので、時間の都合のつく限り、録画やライブでWOWOWチャンネルで観戦しました。
特に、渋野が首位で迎えた最終日は深夜1時半ごろ、8番ホールあたりから午前5時ごろの最後の決着まで、ずっとライブで見てしまいました。
実に惜しい結末でしたが、ほんとうに良くやったと思います。十分に楽しませてもらいました。
また、少し縁があって注目している新潟県出身の髙橋彩華選手が11位となったこともうれしいことでした。

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ヒューストンは海に近いところなので、試合が行われたチャンピオンズ・ゴルフ・クラブのサイプレス・クリークコースもおおむね平坦な林間コースのようです。北側、コースでは3番、13番ホール辺りに沿って、サイプレス・クリークという小川が東へ流れていて、そこに球を落とした選手もいたようです。サイプレスはおそらく湿地に育つヌマスギではないでしょうか。

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手持ちのカードを探してみたら、ヒューストン北西郊外、グライムス・カウンティ―のIora (アイオラ?)の局のものがありました。
QRZ.comで見る限り、現在もアクティブなようで、当時のアンテナは6本のタワーで160mからたくさんのアンテナを上げていたそうです。ハムになって最初交信が6メーターで、一回りして今も6mメインに戻っているそうです。
1993年5月29日1958UTCに21メガで交信しています。こちらは佐久市の内山牧場キャンプ場からポータブル・ゼロで出ていました。

2020年11月21日 (土)

都立狭山自然公園移動運用 Portable JAFF-0199, Sayama PNP, Tokyo

一昨日、11月19日(木)は久しぶりに無線の移動運用に行きました。
太陽黒点数が増えてきて、14メガサイクルバンドあたりのコンディションが良くなっているようなので、近年はあまりできていないオーバーシーとの交信を念頭に、JAFFのナンバーがある自然公園では自宅から一番近い東京都立狭山自然公園内の、多摩湖(村山貯水池)駐車場に行きました。この場所は過去に6度くらい行っていますし、同じ自然公園では他の場所にも1度行っています。

前日に準備していたら、久しぶりなので、思わぬ事態に見舞われました。
このところ移動用リグにしているIC-7100に電源を入れてみたところ、電源が入りません。
そこで、今はシャックに置いているFT-450を持っていくことにしました。
そうなると、ATUもAH-4でなくFC-40ということになります。単純なひし形ループアンテナにしようと思っていたのですが、FC-40はマニュアルに直流的に導通しているアンテナを使うことは故障の原因になるので止めてくださいとあったことを思い出し、三角形を二つ合わせた形のDJ4VMループ(ジャーマンクワッドのラジエーター)にすることにしました。

当日は朝に出遅れてしまい、現地でのセットアップももたもたして、電波が出たのは1042JSTごろになってしまいました。
また、FC-40はAH-4よりも整合範囲が狭いようで、はしごフィーダーを入れたアンテナ系全体で近くに同調点がある18メガはそのまま出られますが(同調点は17.5メガ付近)、ほかのバンドはチューニングが取れませんでした。
仕方なく、マニュアル・チューナーを使うことにしました。ほかのバンドのチューニングは、はしごフィーダーをショートしてバーチカルにした方がとりやすいので、手間をかけて組み立てたループは役に立たず、はじめからバーチカルを上げた方が良かったかも知れません。
スプレッダーの長さも忘れていて、垂直部分の半分を目安にしたところ、写真のように下側がたるんでしまいました。

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駐車場は平日にもかかわらず、小春日和の快晴の好天のためか8割程度は埋まっていて、両隣にも後から車が入ってきて、作業には気を使いました。
結局、18、14、10メガは交信ができず、1600JSTまでの運用で7メガでのJA局54が成果でした。
紅葉が盛りで、人出が多いのもそのためかと思います。

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走行は往復約48キロですが、往きも帰りも1時間ちょっとかかりました。

Went to the lake side of Lake Tama in Higashi-murayama City, Tokyo to activate JAFF-0199, Sayama Prefectural Nature Park, Tokyo the day before yesterday, November 19, 2020. Worked 54 JA stations on the 40 meter band. No oversea staion called.
Set up a DJ4VM roop antenna, but it was difficult to match the rig using an ATU. The antenna was used as a vertical by shorting the ladder feeder and deploying a horizontal radial.

2020年11月13日 (金)

「独ソ戦 -絶滅戦争の惨禍」"Russo-German War" by Takeshi Oki

新聞の書評で岩波新書の「独ソ戦 -絶滅戦争の惨禍」(大木毅著、2019年)が高い評価を受けていたので、読んでみました。
第二次世界大戦中の太平洋の戦場についてはかなり読んだり調べたりしてきましたが、ヨーロッパの陸戦についてはあまり知りませんでした。
著者によると、プロパガンダが多かったソ連の発信する情報や主としてヒトラー個人に戦争の責任を負わせてきたドイツの軍事史学などとは別の、新しい視点からの研究が近年進んでいるそうです。
ドイツ軍は1941年6月22日から東への進軍を開始しました。ソ連軍は、1942年11月9日にスターリングラードを攻撃していたドイツ第6軍を包囲殲滅すべく反攻を開始しましたが、それまでは、各方面でドイツ軍が押していたようです。
ただ、実際にはドイツ軍は1941年の7月にモスクワの西南西約300キロのスモレンスクでの会戦で勝利したものの、ソ連軍の相当部分の脱出を許し、戦力の消耗が決定的なものになって、最終的な勝利を得ることが不可能になったので、この会戦が大きなターニング・ポイントであったという学説を紹介しています。

Rw3lx-qsl-img_20201113_0002
スモレンスクのロシアのプリフィックスとサフィックス1文字目はR3Lで、探してみたら1枚見つかりました。
地図を見ると、北緯55度あたりですから、冬の寒さ、日の短さはちょっと想像もつきません。今日11月13日の気温は0℃のようです。
交信は2014年5月22日に千葉県館山市の洲崎、JAFF-0048、南房総国定公園に移動したときのものでした。

2020年10月18日 (日)

米国各州のニックネーム Nicknames of the American States

前回の記事で紹介したWI3E局のカードに"Greetings From The Keystone State!" とあることにお気付きの方はあったでしょうか。
米国の各州にはそれぞれニックネームがあり、「キーストーン・ステート」は、ペンシルバニア州のニックネームです。
キーストーンとは、石組みのアーチの一番上に置かれる楔型の石で、これがないとアーチが崩れてしまいます。
独立戦争のときに、13州のうち、北部と南部の中央付近にあって、両者を結びつける役割を果たしたことから、そのようなニックネームが付いたようです。
ペンシルバニアからのQSLの中に、フランクフォード無線クラブの共通デザインのものがあります。

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ネットでキーストーンの形を使った州のマークを知って、このデザインもキーストーンから来ていることに気が付きました。

フランクフォードはフィラデルフィア市内の東北部にある区域で、クラブのホームページによると市内のフランクフォード・ハイスクールでできたクラブだそうです。コンテスト・クラブで、CQ WW DX やARRL DX コンテストに参加してトップをねらっていたらしく、当方が交信した K3WW のコールサインもCQ WW 参加を意識したのではないかと思われます。カードの交信は1988年8月28日で、オール・アジア・コンテストでの交信でした。

参考までに、このところ取り上げてきた各州のニックネームを紹介しておきます。
カリフォルニア: ゴールデン・ステイト
オレゴン: ビーバー・ステイト
ニュー・ジャージー: ガーデン・ステイト

2020年8月28日 (金)

スコットランドの島々 Islands of Scotland

先日の週末、8月20日から23日には、ゴルフのAIG全英女子オープンがスコットランドの西岸にある、ロイヤル・トゥルーン・ゴルフ・クラブで行われました。昨年の渋野日向子選手の優勝からにわかファンになった管理人としては見逃せず、連日テレビを見ていました。もっとも放送時間が深夜なので、翌朝録画したものを見ました。
渋野選手はほかの若手3選手とともに、未経験の強風が吹き荒れるリンクスでの試合でスコアをまとめられず、残念ながら予選落ちし、日本人では3選手だけが予選通過、上田桃子選手が6位と健闘したのはご案内のとおりです。
放送で、周辺の風景が流れるのを見て、一時期、スコットランドの沿海の島々に興味を持っていたことを思い出しました。

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画面はクライド湾を隔てて西北方向にアラン島(Arran Island, IOTA EU-123, Scottish Coastal Islands)が見えているのではないかと思います。

10年以上前のことで、どういういきさつでスコットランドに興味を持ったのか記憶がはっきりしませんけれど、FK、ニューカレドニア、YJ、バヌアツに行ったことが関係していたように思います。「カレドニア」はスコットランドのラテン名ですし、バヌアツの独立前はニュー・ヘブリデス諸島で、スコットランドの西に連なるヘブリデス諸島にちなんだ命名です。
また、ILLW, International Lighthouse and Lightship Weekend など、灯台がらみのアマ無線イベント、プログラムに興味を持っていたことも関係していると思います。ILLWを始めたのはトゥルーンに近いエア(Ayr)市のハムでした。
"ILLW 2012"

橋本清子(すがこ)という人が書いた「ヘブリデスの青い風」という島巡りの旅行記を持っています。スコットランドの北にあるシェトランド、オークニーにも行っていて、記事もあります。遠いところまで女性一人で良く行ったものだと思いますが、英国なので、開発途上国のようなリスクは少ないのかも知れません。

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IOTA, Islands on the Air のアワードプログラムでは、スコットランドに11のレファレンスがあるようです。大きなところは、上のアラン島のEU-123, EU-012 Shetland, EU-009 Orkney, EU-008 Inner Hebrides, EU-010 Outer Hebrides の5つでしょう。
EU-092, EU-108, EU-112 の3つはアウター・ヘブリデスの内側の小さな群島、EU-111, EU-059, EU-189の3つはアウター・ヘブリデスの西、大西洋にある島々です。
当方の貧弱なQSLコレクションにも、シェトランドのカードが1枚ありました。11年前、2009年の9月に当方は江の島(江の島灯台)移動運用で交信しました。
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The TV broadcast of the AIG Women's British Open golf game remided me of my past interest in Scotland and islands around it. I have a book titled "The Blue Winds of Hebrides" by Sugako Hashimoto. There are 11 references in Scotland in the IOTA program, but I have workd only one of them, Shetland. 

 

2020年8月 4日 (火)

思い出編 ニューカレドニアDXバケーション Portable New Caledonia (18 Years Ago)

先日はYJ、バヌアツへ遠征したときの思い出を書きました。
そのときに、勘違いで、次に行ったFK、ニューカレドニアのログをチェックしたりしたので、ついでにFKの思い出も書いておこうと思います。
この旅行は2002年、平成14年の9月でした。本島ではなく、北にあるロイヤルティー諸島、IOTA OC-033のウヴェア島でした。
ニューカレドニアは、バヌアツの延長線上で、太平洋戦争時に連合軍がソロモン方面に対する後方の基地、泊地として利用していたので、実地に見たいと考えて選びましたが、なぜウヴェアまで行ったのか、今となっては判然としません。たぶん、IOTAの別レファレンスの方がもてそうだということだったと思います。
また、森村桂の「天国に一番近い島」の舞台だったことも行ってみようと考えた理由の一つかも知れません。

宿泊はジト・ボプレというコテージが並ぶリゾートで、前の道路を横切ると環礁内の海に面したビーチに出られました。
このときは、たまたま次男が時間がある時期ということで、同行しましたけれど、彼は無線はしないので、日光浴、サイクリングなどで時間を過ごしていたと思います。
リゾートが空いていたためか、なんとなくうら寂しいところだなという印象が残っています。

アンテナは、コテージ裏手に使われていない電柱があったので、それに釣り竿を縛り付けて、バーチカルとし、10mくらいのラジアルを北に向けて1本張って、ATU経由で給電しました。

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I was active from Ouvea Island, Loyalty Islands, IOTA OC-033, New Caledonia in September, 2002. A vertical antenna was set using an old poewr line pole. 

記憶に残っている交信は、イスラエルの4X4JU局からSSBにQSYしてほしいというリクエストがあり、フォーンでのDXはほとんどやっていない当局が珍しくマイクを持って交信したことです。リクエストがあったのは初日でしたが、結構呼ばれていたので、後にしてほしいと答え、2日目にSSBで交信しました。なんでも、DIFOというフランス領の島のアワードをフォーンで追っていて、ウヴェアは未交信のナンバーのついた島なので、是非ということでした。帰国後にダイレクトでSAEおよびCWとフォーンと2枚のカードが送られてきました。

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I usually do not work DX stations by phone, but I was asked by 4X4JU to contact his station by phone. He said that he was chasing the DIFO award by phone only.  

当方のQSLカードには、リゾートの西南方で環礁が二筋に分かれているところがあり、外側の島、ファイアヴァ島(Faiava Island)へ行く渡し船が出たので、その写真を使いました。この辺りでは内側の環礁も少し途切れ、外洋と礁湖がつながっていて、橋がかかっていましたが、その上では風がとても強かったことを覚えています。橋の西はムーリ島(Mouly Island)で、その島から西側は、環礁がほとんど水面下になり、島が点々とある程度です。

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2020年7月13日 (月)

ローカルビッグアンテナ局の思い出 Memory of a Big & High Antenna Station

あちこちで依然として大雨が降ったり予報されたりしているようです。被災された方々、警戒中の方々にお見舞い申し上げません。

先日のローカル・ラグチューで、あちらこちらのアマチュア局のアンテナの話題になり、最寄りのJR駅の近くのビルの屋上の塔屋の上のタワーに大きなアンテナが上がっていたことを、相手局からいわれました。
このアンテナの局の局長は一時、ローカルのクラブにも入っていたことがあって、会ったこともあり、Iさんという姓とビルの名前はすぐに思い出したのですけれど、肝心のコールサインがどうしても思い出せません。
クラブ員全員にメールして尋ねたところ、覚えている局長はいませんでしたが、一人が平成6年、1994年の名簿を保管していて、これに載っているJM1SEC局ではないかと知らせてくれました。

ビルの名前でサーチしてみたところ、ネットに写真がありました。
http://www.satohide.co.jp/works/01/01-04.html

アンテナは現在はもうありません。無線局情報検索でも結果は0件と出ます。コールをとられたのは比較的後だったようですが、当方よりも年長の方のようでしたし、お元気かどうか定かではありません。

この局とは、印象的な交信の思い出があります。
1999年に初めて太平洋方面に無線機を持ってバヌアツに行き、YJ0ACFのコールで運用したときに、コールしていただきました。
ログもどこにしまったか忘れていて、しばらく探しました。8月18日の0951UTC(2051 Vanuatu TIme)で、この日の午後到着してセットを終わり、夕方に10数局交信したあと、食事休憩に行ったようです。その後40分くらいで交信しています。
ほかの局よりも一段強い突出した信号で、地上高の威力をはっきりと感じました。9階建てのようですが、その上の塔屋とタワーでおそらく50メートルはあったでしょう。
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カードをいただいたはずなので、探してみましたが、整理が悪く、今のところ、見つかっていません。
カードの箱に、ご家族を含めた近況報告がプリントされている暑中見舞いの葉書があって、下の欄外に、交信時のことのコメントが付記してあります。消印が8月19日ですので、すぐにこの葉書をいただいたようです。"QSL Direct 10/6"とメモがあるので、当方から10月にカードを送ったものと推測します。
「・・・最近ボケでcall聞いてもとっさに判りません。IshiiやJH1ZISと云われても分からず終り頃にやっとJCFさんが判ったら手が振えて乱れました、失礼。」とありました。
こちらが、オペレーターのコールを知らせて、同じクラブの者だと伝えたのだと思いますが、CWですからあまり詳しくも打てず、とっさにはピンとこられなかったようです。

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この時の運用地は、バヌアツ北部の主要な島であるエスピリツサント島の南、狭いセゴンド水道を渡ったアオレ島で、島の海辺にあるアオレ・アイランド・リゾートというところでした。上の写真がコテージ、QSLカードの写真は食堂、オフィスのあるメインの建物で、送迎のボートの船着き場もすぐそばにあります。
アンテナはコテージの前の木に上端を上げたループアンテナでした。(当局のQRZ.comページに、フォト蔵という写真サイトの写真へのリンクを付けています。)

バヌアツ、それもエスピリツサント付近を行き先に選んだのは、太平洋戦争の戦史への関心からでした。
ここはソロモン諸島、H4、の東南で、連合軍が基地を置いて、ガダルカナル島などでの戦闘をここからサポートしていたので、文献、史料にときどき出てきました。当時は独立しておらず、英仏共同領のニューヘブリデス諸島、史料では「ニューヘブライズ」と記されていることが多いようです。

2020年6月19日 (金)

CQ誌創刊号 Tha First Issue of JA CQ Magazine

10日ほど前ですが、不要なクリアーファイルがないかと書棚を見たら、古い雑誌のコピーをクリアファイルに入れたものを見付けました。
このところ、忘れていたのですが、数年前にサイレント・キーとなられたローカルのJA1TT局からいただいた、「CQ ham radio」誌の創刊号のコピーでした。

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昭和21年(1946年)9月1日発行となっていて、表紙を見ると、JARL、日本アマチュア無線聯盟(連盟)の機関誌のように見え、第1ページにも「アマチュアの心」と題して、連盟会長 八木秀次工学博士の巻頭言が載っています。ただ、奧付けには、発行所 株式会社科学新興社、定価4円となっているので、社団であるJARLが自ら発行したものではないようです。編輯人は大河内正陽とあります。ご存じのように戦前はJ2JJ、戦後はJP1BJRで活躍された大OMです。
JARL事務局や現在のCQ出版社などに行けば現物が保管されているのかも知れませんが、せっかくコピーしてファイルに入れて下さった貴重なものなので、紹介しておきます。
活字、印刷は良質とはいえませんが、戦時中は禁じられていた短波の受信が解禁されてSWLが可能となった当時の、同好者たちの熱気が感じられます。

One of the local ham radio operators, JA1TT, gave me a copy of the first issue of Japanese "CQ Ham Radio" magazine several years ago. He became silent key a few years after that. Since the publication was only one year after World War II, printing appeares to be shabby, but I can sence the enthusiazm of radio amateurs and short wave listners in those days from the pages. 

 

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