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旅行・地域

2017年6月11日 (日)

印旛沼移動余話

今回の印旛沼沿岸移動で宿泊したキャンプ場は市営だったためか、印旛沼や佐倉市関係のパンフレットがいろいろ置いてあり、自由に持ち帰りができました。
すでに紹介した佐倉市発行の「もっと知りたい!印旛沼 印旛沼ミニ・ガイドブック」はハンディーで便利ですが、千葉県・印旛沼流域水循環健全化会議発行の「里沼ウォーキングマップ 印旛沼」というものもいただきました。広げるとデスクくらいになる大きなもので、片面は1/25,000で元の印旛沼すべてと周辺の丘陵地をカバーしており、もう片面は1/50,000で、千葉市の南部まで広がる印旛沼の流域がすべて入っています。色刷りの無料で良いのかと思ってしまうほど上質のものでした。
 
これらの資料にも助けられ、このところしばらく足が遠のいていて、頭の中で所在がぼんやりしていた千葉県北部の都市の位置関係やそれぞれの性格を復習することができました。
印旛沼の頭のように見える現在の北印旛沼の東にある台地の上に成田市の旧市街、成田山新勝寺の門前町があります。その台地の東側にはまた広い低地があり、根木名川(ねこながわ)が利根川に注いでいます。
根木名川の東の台地は利根川の右岸、南側に続き、一度小野川で途切れますが、この小野川の河口から川沿いできた河港の町が佐原です。佐原の東の丘陵に香取神宮が鎮座しています。(その境内は国定公園区域になっています。)
佐原の北、利根川の対岸は水郷で、霞ヶ浦、北浦にも水路が通じていますから、水運の要として賑わったことは肯けます。
Sawaranamegawa_ss
 
香取神宮、佐原の伊能忠敬旧宅、下総神崎(こうざき)の神崎神社など、行ったことがありますけれど、大昔だったり、そこのポイントだけ行って周辺との関係に注意していなかったりでした。
 
この際、もう少し知っておこうと、利根川左岸の茨城県某町の出身で、高校は佐原に行ったという知人H君の話を聞いてみることにし、一昨日、9日(金)の昼に食事をしながら話をききました。
 
Photo
        佐原の伝統的建造物群(香取市ホームページより。
        http://www.city.katori.lg.jp/sightseeing/machinami/hozonchiku.html )
 
通学は昭和30年代の半ば、東京オリンピック開催前のことです。
千葉県立大利根自然公園、JAFF-0204、が利根川の10キロほど上流の下総神崎から佐原市の水郷筑波国定公園区域が始まるところまで、利根川河川敷に指定され、また市街の西の台地のあたりも自然公園の区域になっています。地図で見ると寺社が多いようですが、H君によると、京都でいえば嵐山のようなところなのだそうです。区域の南端あたりにある観福寺という寺は、境内も広く、一見の価値のあるところだそうです。
 
高校は佐原駅から徒歩15分くらいのところにあり、普通は一番近い静かな道を歩くのだそうですが、港町なので、花街もあり、そちらに寄り道した人もいて、そのような所業が嵩じた結果、卒業できなくなったケースもあり、入学数と卒業数が10人以上違っているそうです。ただ、卒業しなかったクラスメイトとの再会を楽しみにしている級友もあり、原則として3学年次のクラスで開くクラス会を別の学年次で開こうという人もいて、そのような会も持ったことがあるとのことでした。
 
普通でいえば越境入学なので、どうしたのかと聞いてみましたが、通った高校の学区に、はじめから茨城県が含まれていて、何のやましいこともなかったのだそうです。それには、出身地がもともとは千葉県で、明治32年になって茨城県に編入されたという歴史も関係しているようです。利根川本川の流路も長い間に変化してきたので、そのようなことになったのかも知れません。
今回地図を良くみて、佐原市のところで、利根川の左岸の水郷のあたりまで千葉県で、利根川が千葉・茨城両県の県境と考えるのは間違いであることを知りました。
 
現在では利根川に架かる橋も増えていますが、当時はまだ少なく、通学には渡船と成田線を利用して、列車待ち時間も入れると1時間以上かかっていたそうで、春先の強風のときの渡河など、今から思えばかなり危険なこともあったといっていました。
H君の出身地の旧村のことなど、興味深い話も聞けましたが、何か機会のあるときにでも紹介したいと思います。
 

2017年5月29日 (月)

玉川上水散策 Walking along the Tamagawa Josui Waterway

昨日、5月28日(日)は京王井の頭線の久我山駅が最寄りの場所に行ったついでに、駅の近くで昼食を済ませました。そのまま帰っても良かったのですが、思い立って玉川上水沿いを歩いて、JR吉祥寺駅まで行ってみました。
昔、短い間ですが近くに住んでいたことがあったので、自転車で通ったりしたことがあったかも知れませんが、もうすっかり忘れています。
駅から人見街道を西へ進み、上水に当たったあたりは、道路整備の工事中でした。すぐ近くに「どんどん橋」があり、古い石碑が二つ立っていました。
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左は供養塔で宝暦七年とあります。1757年ですからかなり貴重なものです。右の橋名を書いた碑は道標も兼ねていて右側面に「右ふちう?」とありますので、府中方向ということでしょう。橋そのものは何度も架け替えられて、碑のころのものは残っていないようです。「どんどん」というのは水量が豊かだった上水の流れる音がどんどんと聞こえたからとネットにありました。
 
西へ向かうと水路がかなり湾曲していました。これはもっと東の幡ヶ谷、初台付近や西の小金井付近には見られないことです。
東橋(あずまばし)付近が湾曲の頂点のようでした。
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木々が鬱蒼と茂っているので写真では分かりにくいのですが、下流に向かって右側は地盤が高く、土手も自然に掘ったままです。左側は盛り土してあり、堤の外は少し低くなっています。説明の看板もあり、この辺りの地形が複雑であったため、上水を一定の勾配で保つためにはそのルートも湾曲したものにならざるを得なかったようです。
井の頭橋から上水を離れ、ややまばらな商店街のような道を西へ進みました。そのまま行くと井の頭公園の南側に行ってしまうので、途中で右の住宅街に入り、公園の池の東の端に近いあたりに出ました。
 
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日曜日で賑わう公園の中を歩き、池の中の橋から北へ折れてJR吉祥寺駅に着きました。
 
 

2017年5月23日 (火)

奥武蔵自然公園ハイキング Hiking in Okumusashi PNP

昨日、5月22日(月)は朝からたいへん暑い日でした。また我が家の隊長の計画で、去年の11月に高尾山に行ったときと同じ、アメリカ人のYL、ヤング・レディー2人を飯能市の郊外、埼玉県立奥武蔵自然公園、JAFF-0213 のハイキングに案内するので、同行するようにとのことでした。体調がベストではなかったので少し迷いましたが、参加しました。
Hiked in the Okumusashi Prefectural Natural Park, in Hanno City, Saitama, with two young ladies, American English teachers, and my wife yesterday.
コースは、今までに鉄道沿線ウォーキングで歩いたところを少し端折ったりしたものなので、ほとんどが前にも行ったところです。
10時にスタートして、飯能河原の近くのお寺2つ、神社1つをまわり、天覧山に上がりました。天覧山から西側へ下りて、自動車の多い道路を西へ歩き、ドレミファ橋(踏み石の列)で名栗川の渓谷である吾妻峡に入りました。
右岸を下流に向かって歩き、途中で道路に上がって、割岩橋からまた市街に戻りました。道路に上がったころには幸いに風が強くなり、体感温度を少し下げてくれたので、助かりました。
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          The rock to the left is named the "rabbit rock."The Azuma Gorge, Naguri River, Hanno City, Saitama.
          左端の大きな岩は、反対側から見ると兎のように見えるので、兎岩というそうです。
 
鉄道沿線ウォーキングのときは、反対に向かって歩いたのですが、この少し下流で1人づつしか進めない岩越えがあり、大渋滞になってしまって、抜け道で道路に上がったので、ちょうどこの辺りは初めてでした。
一緒の若い2人の内の1人はボルダリングを少しやったことがあるとかで、兎岩に登ってしまい、もう1人も負けじと登ったので、怪我でもしたらとちょっとハラハラしました。岩の上で喜んでいるところを写真に撮ってあげました。お見せできなくて申し訳ありません。
天覧山は10分ほどで登ってしまうところなので、少し物足らなかったのかも知れません。天覧山から多峯主山に登ればかなりのハイキングになりますが、隊長の判断で1人はあまり運動が得意でないのでこれは止めました。これは当方にも幸いでした。   
ファミレスに着いたのは1時を過ぎていました。2人が話しているのは全然といっていいくらい分かりません。相対で話しても当方のプアな英語力では聞き取りがなかなか付いていけません。
前回に少し書きましたが、このところ、無線はJAFF移動などの追いかけが大部分です。下は、FLE, Fast Log Entry によるログですが、相手局のほとんどに"/x" が付いています。オーバーシーはVKが2局、VKFF移動とVKのSOTA移動だけです。土曜日の夜に21MHz,CWで 9Q6BB局がびっくりするくらい強く入っていたので、しばらく呼んでみましたが、近ごろ珍しいDXの局で、皆さんも一斉に呼びだし、とうてい勝ち目はありませんでした。
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2017年5月18日 (木)

西武多摩川線沿線ウォーキング Walking in Fuchu, Chofu, Mitaka & Koganei, Tokyo

今日、5月18日(木)は天候が変わりやすくにわか雨も降るかも知れないという天気予報でしたが、我が家の隊長から、大丈夫だからウォーキング行くとの指令で、約10キロのコースを歩きました。
西武鉄道でもJR中央線武蔵境駅から西南に盲腸のように伸びている多摩川線の沿線、2つ目の多磨駅から東側へ進み、一駅北の新小金井駅に戻るコースでした。
多磨駅から東へ行くと、調布飛行場の西北の角に当たります。飛行場の西側から南側にかけては都立武蔵野の森公園になっていて、滑走路の南側をまわって公園を抜けるまでに30分ほどかかりました。
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          Chofu Airport.
ここから東北に進むと野川に出るので、川沿いの遊歩道を下流へ進み、さらに東へ進んで深大寺に着きました。参拝、休憩などで境内で30分ほど過ごし、深大寺の西側の坂を北へ上がって神代植物公園の北側を西へ戻り、幅の広い武蔵境通りに出て北に行きました。
野崎八幡前交差点で、これも幅の広い幹線道路である東八道路を西へ進みました。
一昨日からホットな話題になっている国際基督教大学の東南の隅の裏門の脇を通りました。
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          The back gate of the International Christian University, Tokyo.
H.I.H. Princess Mako studied in this university, and it was reported that she will be engaged with one of her classmates by news media the day before yesterday.
基督教大学裏門から東八道路は長い下り坂となり、また野川に架かる橋を渡りました。
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          The Nogawa Creek (meaning a field river) looking upstream from a bridge of Tohachidori Highway.
川沿いに上流へ進み、西武多摩川線に突き当たったところから線路沿いに北へ向かって新小金井駅に着きました。野川を歩いているときにパラパラと雨が落ちてきましたが、傘を広げるところまでにはならずに止みました。
東京外国語大学、警察大学校(元は中野)味の素スタジアムなど、調布飛行場周辺の様子を今日初めて知りました。また、東八道路は車ではときどき通っているのですが、やはり歩くとこんな店もあったのかと、良く様子が分かりました。
おまけ。
東八道路から北の方のビルの屋上にアンテナが見えていました。某自動車メーカーの工場のようで、会社のクラブ用でしょうか。Rimg0176s
このところブログ書きも間遠になってしまいました。無線の方は、連休以降、JAFFアクティベーションが増えて、その追いかけで相当に時間を使いました。アクティベーターの皆さんのログの処理、アワード発行などにも時間がかかり、書く余裕があまりありませんでした。これらはデスクワークなので写真もなく、記事にしにくいこともあります。
 

2017年5月 4日 (木)

武蔵藤沢駅-入間市駅ウォーキング Walking in Iruma City, Saitama

昨日、5月3日(水)は、また我が家の隊長と一緒に鉄道沿線ウォーキングに参加しました。季節も天気も良く、参加者が多くて賑やかでした。
コースは、西武池袋線の武蔵藤沢駅から同線で2駅飯能寄りの入間市駅まで、9.5kmでした。
この辺りの線路は大きく曲がっているので、一番近い道を真直ぐ歩けば3-4km程度のところですが、コースはいくつか寺社や地蔵のある辻をめぐるように、くねくねと設定されていました。コースの真ん中辺りは、不老川と霞川という入間川の支流の小川に挟まれた台地なので、少しアップダウンがありました。
古い寺や神社は、おおむね昔からの集落の近くにあるので、地付きの住民のものと思われる大きな屋敷のそばも通りました。一部には最近に開発された住宅団地もあり、混然とした印象を持ちました。
出発して30分くらいで着いた藤沢地区の源光山不動院というお寺には、「十三仏結衆板碑」という文明2年(1470年)の板碑がありました。「結衆」とは仲間のことで、60余名が共同して立てたものだそうです。
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          A religious stone monument to express 60 some builders wishes. Built in 1470 AD. 
 
台地の上にはところどころ茶畑があり、新芽が出ていてきれいでした。
Rimg0127s          Tea farms are seen occasionally in the area we walked.
霞川のほうが大きく、河原では女の子が遊んでいました。リュックサックを土手にきちんと並べて置いていました。
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霞川の左岸、西側の高台の高倉地区には高倉寺があり、西や北の展望もきく良いところでしたが、前にも来たことがあり、ブログにも書いたので、省略します。

2017年4月29日 (土)

池袋-練馬ウォーキング Walking from Ikebukuro to Nerima

今日、4月29日(土)は我が家の隊長にまた誘われて、鉄道沿線ウォーキングに行ってきました。
西武池袋線の池袋駅南口を午前9時ごろに出発しました。
30分ほど歩いて、駅の西北にある御嶽神社に最初に寄りました。池袋西口一帯の氏神様だそうです。
上に首都高速の高架が見える山手通り(環状六号線)のすぐ手前から、谷端川南緑道に入りました。初めて通る道で、読み方が分かりませんでしたが、ウィキペディアによると「やばたがわ」だそうです。両側に人家がせまっている狭い川だったようですが、ウォーキングには便利です。暗渠で勾配もほとんど無いので、どちらが川上なのかが不明でしたが、これもネット情報では、上流に向かっていたようです。川の跡なので、曲がりくねっていますが、おおむね山手通りに並行して西南に向かって歩きました。
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          A pedestrian lane over the former Yabata Stream.
地下鉄有楽町線・副都心線の要町駅のところで、要町通りに入りました。
ここからコースは基本的には、この通りを環状7号通りまで進みますが、途中で少し北へ入って、豊島長崎の富士塚に寄るようになっていました。
都区内にある富士塚の中では原形を良く保っているものだそうです。
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          Fujiduka Mound built in the Edo Period. Mt. Fuji was thoght to be sacred and its miniatures were built in neghborhoods in Edo and its environs.
天気予報では、午後には天候が急変するかも知れないということでした。空にはちょっと変わった雲が見えていました。
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          Unusual clouds were seen in the sky today.
練馬区と板橋区の区境にあるので、どうしても二つの町名を駅名に入れなければならなかったという、小竹向原駅を過ぎました。要町通りは、駅のあたりではトンネルになっていますが、駅の西では自動車の車線は地上に出ているようです。ただ、高い防音壁が作られ、この壁が植栽で覆われているので、公園の中を歩いているような気がしました。ただし、環七通りまで500メートルほどにの間、向う側と往来できる道はないようでした。
 
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要町通りは歩道の幅も広く歩きやすいのですが、環七通りから先は未整備です。少し北へ回り込んで行くと、古くからの大きな家屋敷が残っている一画がありました。
 
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石神井川に架かる羽根沢橋のところから、川沿いの道を西へ進みました。写真は、羽根沢橋から上流を見たところです。
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         The Shakujii River at the Hanezawa Bridge, looking upstream.
 
この羽根沢橋や少し進んだ氷川台駅の辺りは、自転車で城北中央公園へ来るときに通るところですけれど、川沿いに歩いたことはあまり記憶にありません。
木が茂った広徳寺の下を通り、練馬駅の真北のあたりにある練馬総合運動場を左に見て回り込み、終点の練馬駅に向かいました。
ほんの200メートルくらい手前に「セルポアブル、Sel Poivre」というフレンチ・レストランがあり、11時40分くらいで、混みあう前のタイミングだったので、そこで食事をしました。
その後、つつじフェスタ開催中で賑わっている平成つつじ公園を抜けて、練馬駅でゴールインしました。
歩行距離は約9kmでした。往きに東長崎駅まで歩き、帰りも自宅まで徒歩でしたので、約4kmを前後に歩いています。電車賃は一人144円でした。
この一週間ほど、脚が重く感じていたのと、、昨日の午後から鼻づまりとくしゃみ頻発で不調だったので、長い距離を歩けるか不安だったのですが、今朝は幸いにだいぶん良くなっていて、完歩できました。
 

2017年4月17日 (月)

下井草-東伏見ウォーキング(2) Walking in Suginami-ku etc. 2. 

16日(日)のウォーキングの続きです。
観泉寺から西南に進み、青梅街道を渡ると井草八幡宮です。鬱蒼とした社叢の中に立派な社殿があります。前回は、七五三の晴れ着を着た子供がいたのを思い出しながら、次の善福寺公園に向かいました。
池畔の新緑の柳の枝が風になびいていました。
 
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          Zenpukuji Pond in the Zenpukuji Park, Suginami-ku, Tokyo.
 
細長い善福寺池の端をずっと歩き、北の端から公園を抜けて西の吉祥寺通りに出ました。吉祥寺駅から北に伸びる通りです。これを北に400mほど進み、千川上水を利用した遊歩道を西へ進みました。
千川上水は玉川上水よりも小さく、両側の余裕もあまりありません。暗渠になっていて、上を歩くようになっている区間、写真のように用水が見えていて、土の道がある区間など、いろいろでした。西へ行くにつれて、広い畑地の中になるところもありました。
この辺りの千川上水沿いを歩いたのは初めてでした。
 
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          Senkawajosui. Nerima-ku, Tokyo.
 
更新橋という橋のところで武蔵野市役所などの前を通っている中央通りを横切りますが、その手前にファミレスのデニーズがありましたので、昼食休憩にしました。12時20分ごろで、混雑していましたけれど、15分足らずの待ち時間で席につくことができました。
その後は、さらに千川上水沿いに次の橋の少し先まで行き、右、北へ行って青梅街道を渡りました。少し進むと武蔵関公園で、この日3つ目の池、富士見池がありました。
中の島に花大根らしい紫色の花が咲いていました。
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          Fujimiike Pond in the Musashiseki Park.
公園を抜けるともう東伏見駅はすぐで、無事ゴールインしました。
距離が長くちょっと疲れましたが、まだ新鮮な若葉やいろいろな花を愛でながらのウォーキングは良いものでした。

2017年4月16日 (日)

下井草-東伏見ウォーキング(1) Walking in Suginami-ku etc. 1. 

このところやっと暖かくなってきたと思ったら、今日、4月16日(日)は、急に初夏のような気温の高い日になりました。
我が家の隊長は、昨日も秩父の方で15キロのアップダウンが多い鉄道沿線ウォーキングに参加したのですが、今日もあまり電車賃がかからないコースがあるので行きましょうとのお誘いです。13キロと、少し長いので逡巡しましたが、季節も天気も歩くには適しているようなので、頑張って参加しました。
キャッチコピーも「春爛漫!都会のオアシスと歴史を歩こう」というものでした。
電車で4つ目の駅である下井草駅がスタートでした。妙正寺川に出て、川沿いを進みました。川に沿って枝垂桜があり、まだ満開でした。
 
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          The Myoshoji River, Suginami-ku, Tokyo.
 
川の源になっている妙正寺池の畔にも枝垂桜がありました。
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          Myoshoji Pond, Suginami-ku, tokyo.
 
 
早稲田通りに出て、西に進みましたが、道沿いの旧家の庭の花も見事でした。
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一度、南に行って、観泉寺という禅宗の大きなお寺に寄りました。ここには今川氏の累代の墓があります。一度来たことがありますが、だいぶ前で着くまで気が付きませんでした。
寺では説明看板を見なかったので、帰宅後調べると、桶狭間の戦いで敗死した今川義元のひ孫の今川直房(初名は範英)がその由緒ある家柄から徳川幕府の高家旗本となり、この辺りの地を所領として与えられて、この寺を菩提寺にしたもののようです。
境内の本堂の前にも枝垂桜が咲いていました。
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          The Kansenji Temple, Imagawa, Suginami-ku.
 
なお、今日のコースは、昨年の10月30日に歩いたコースを反対向きにしたものに近いものでした。その時の記録
 
(続く)

2017年4月11日 (火)

七里ヶ浜・極楽寺

一昨年に映画「海街diary」を見たことで、鎌倉市の極楽寺辺りに行ってみたいと思っていました。
昨日、4月10日(月)に片瀬に簡単な用事があったので、用を済ませてから、腰越の小動神社を経て、七里ヶ浜をずっと歩いて、極楽寺まで行ってみることにしました。片瀬に行くと、時間があれば、江の島へ行き、上の奥社の辺りまで運動を兼ねて散歩するのですが、1月足らず前にも行ったので、たまには違う方へ行ってみたくなったこともあります。
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          江ノ電(江ノ島電鉄)。にわか撮り鉄で、何枚か写真を撮ってみました。4両編成になっていて、2両だった以前ののどかさが少しなくなりました。
                     Trains of the Enoden Railway.
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          稲村ケ崎。Cape Inamuragasaki, Kamakura City, Kanagawa.
稲村ケ崎の少し手前から江ノ電は北東の谷に入って行きますので、それに沿う道を進みました。途中ではかなり丘の斜面が近いところがあり、ウグイスをはじめ鳥のさえずりがたくさん聞こえました。
文芸評論家の江藤淳は、この界隈で小学生から旧制中学2年生くらいまでを過ごしたようです。古くからの住宅地で、フィクションの「海街diary」の姉妹のような若い女性は、あまり多くいそうもありませんが、海に近く、緑が多く、評論家の卵が豊かな感性を育むには、ふさわしいところだと思いました。
 
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          極楽寺駅。Gokurakuji Station.
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          極楽寺山門。Gokurakuji Temple.
          鎌倉時代には大きな寺院だったそうです。現在はこじんまりとしたお寺です。山門の中に桜のトンネルがありましたが、写生・撮影禁止の看板があり、載せるのは遠慮しました。
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極楽寺切通しは、古くからの鎌倉の市街に入る鎌倉七口の一つで、東海道、京都に通じる重要なところだったようです。NHKテレビの「ブラタモリ」を思い出して、鎌倉に向かって車道の右側にある階段を登ってみました。途中に門があり、そこからは、成就院というお寺です。登り切ると、写真のように鎌倉の由比ヶ浜が見えました。右手の数段の階段を登ると、本堂があります。昔の道は、現在の車道ほど深い切通しではなく、成就院の本堂の前を通っていたということです。
 
ここから極楽寺駅に戻り、藤沢まで江ノ電に乗って、帰りました。

2017年3月30日 (木)

入間川沿いウォーキング Walking along the Iruma River

今日、3月30日(木)は快晴で暖かく、ウォ-キング日和でした。ただ春霞で遠くの山などは見えませんでした。
西武新宿線の終点の一つ手前の南大塚駅を出発し、北西に進んで入間川に出て八瀬大橋という長い橋を渡り、左岸側の河川敷の歩道や堤防上を北東、下流へ行き、初雁橋という橋で川から離れて東の川越市街に向かって西武線の本川越駅でゴールする約10キロのコースでした。持参のパンのランチ休憩を入れておよそ3時間で、例によって我が家の隊長と一緒に完歩しました。
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          八瀬大橋から見た入間川の下流方向。見えている橋は関越自動車道。
          Looking northeast, downstream, from a bridge over the Iruma River, Saitama.
The downtown Kawagoe City and the former Kawagoe Castle, WCA JA-00073, is about 10km away.
いつも関越道を走っていると目に入る入間川ですが、川から高速道路を見るのは初めてで、河川敷の様子が良く分かりました。無線もできそうな広い場所がありましたが、JCC 1302で別段付加価値がないので、わざわざ行く価値は乏しそうです。10kmほど東北の川越城にはWCA JA-00073というナンバーがありますが、市街の中なので所定の1kmの範囲内に運用場所を見付けるのが難しそうです。
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          シラサギ。
鉄道沿線ウォーキングも今日で36回目でした。26日の前回までで980ポイントで、今日は年度末の特別サービスで80ポイントをもらいましたので、1,000ポイントを越え、スイカに1,000円分をチャージしてくれる引換券を貰いました。1回が50ポイントか30ポイントで、25回くらい参加すれば1,000ポイントになるはずですが、当方の場合は、1年半くらい前に参加と参加の間が夏場の暑い時期に6ヶ月以上空いてしまったので、600ポイントくらいで、ゼロにリセットされてしまったので、回数が多くなりました。
隊長のほうは、一度紛失したにもかかわらず、もう2回引換券をもらって、そろそろ3回目も遠くないといっています。
 
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おまけです。かなり遠いので、細かいところは不明です。左岸の堤内地は工場団地になっていて、工場内の建物の屋上にタワーがあるように見えたので、個人局ではないかもしれません。
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