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2019年7月

2019年7月18日 (木)

ハムフェア2019クラブ小間割り抽選会 Lottery Meeting for Ham Fair 2019

先般、JAFF、日本フローラ・ファウナ・アマチュア無線アワード・プログラムとして、初めてハムフェアへの参加を申し込み、認められました。
会場内の展示の場所は、原則として抽選で決めることになっていて、昨日、7月17日(水)の午後1時30分から、地下鉄春日駅そばの文京区民センターで出展者説明会と小間割り抽選会がありました。
着いたのが開始時刻ごろになってしまい、すでに大会議室がほぼ満席状態でした。

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前の方にもまだ空きがありますというアナウンスがあり、探すと、だいたい2人連れくらいで来ているためか、5列目くらいに1つ空いたところがあり、そこに座ることができました。

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JARLの会長、JG1KTC局が登壇して挨拶し、概要と重要事項の説明が実行委員長、JARL専務理事のJE1KAB局からありました。先日の社員総会で話題になっていた二人を間近に見たので、少しインサイダーになった気分でした。
細かい説明は、司会も兼ねていた女性からでしたが、この人がどういう立場か聞き洩らしました。委託したアナウンサーのように見えましたが、事務局職員の担当者がなぜできないのかちょっと疑問に思いました。

抽選は、最初の受付のときに箱からくじを引くようになっていて、CJ-44という出展番号だった申し込み票を渡して、くじを引き、開いたところ、またまた44番でした。WWFF/JAFFでは、FFに通じるForty-fourが要のナンバーで、金賞が44ポイントで出たり、アクティベーションのポイントが付く最少交信数が44QSOだったりしますが、くじも44を引いたのは不思議でした。

説明終了後に休憩があり、その後にくじの番号順に希望の小間を選択することになっていました。番号順に前に出て、順番が来た時点で残って空いている小間から選びます。会場中央の通路に沿った島の、通路とは反対側の角のJ-55番を選びました。会場の中では比較的に人通りの多いところになるのではないかと思いました。

それにしても、自分たちのことを棚に上げて人のことをいうのも何ですが、いろいろな名前のクラブがたくさんあるものだと感心しました。
初めてで、どうなるのか良く分からないので、順番待ちの間などに右隣の人に尋ねてみたところ、親切に教えてくれました。ただ、プログラムのPRが目的の当方とは違い、無線機メーカーのOBグループで、そこに立ち寄って旧交を温める場所を確保することが主眼とのことでした。

これから横幅200cm, 間仕切り壁90cmのスペースに展示するものを考えて、準備しなければなりません。
また、すでに参加を知らせてあるJAFFメーリング・リストの参加者以外の知り合いになるべく知らせて、立ち寄ってもらうようにしたいと思っています。
この記事をお読みいただいた方々も、ハムフェアに行かれたときは、ぜひお立ち寄りください。

2019年7月16日 (火)

港の見える丘公園と江藤淳展 Port View Park, Yokohama

横浜にはときどき行っていますが、最も近いのがいつだったかどうも良く思い出せません。山手の港の見える丘公園辺りには、明治初期に英仏軍が駐留していたことを何かで知って、当時の我が国の危うい立場を知らされたのですが、これもいつだったかはっきりしません。
昨日、15日(月)はその港の見える丘公園に我が家の隊長と一緒に行ってきました。ある人から、公園の中にある神奈川県立近代文学館で開催されている「江藤淳展」のチケットをもらったので、見に行ったのです。そのうちにと思っている内に最後の日になってしまいました。

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文学館は公園の奥の方で、途中の園路から横浜ベイブリッジが良く見えていました。
江藤淳展はこの評論家の没後20年を記念するもので、平山周吉著「江藤淳は蘇える」(本年4月新潮社)の刊行とも歩調を合わせているようでした。
文学関係の展示はみな同様と思いますが、原稿、初版本などと折々の写真が中心でした。
原稿は読みやすい丁寧な字で書かれ、訂正がほとんどないものでした。言葉を操って文章を紡ぎ出す能力がずば抜けていたのではないかと思います。

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江藤淳の作品は、「一族再会」、「夏目漱石」、「アメリカと私」くらいしか読んだことはありませんけれど、新刊書の題名にも使われた「海は蘇える」はこの際読んで見たいと思います。
展示には指物屋に特注したという日本間用の机もありました。さすがに良い木を使っているようでした。資料がまわりに置けるので、低い机を愛用したそうです。

西武新宿駅から地下鉄副都心線の新宿三丁目駅へ歩き、そこから東急東横線、横浜地下鉄みなとみらい線に乗り入れている直通電車で元町・中華街駅まで乗って、駅と合体したビルのエスカレーターで丘の7合目くらいにある出口から公園に向かいました。途中、有名な外人墓地の横をしばらく歩きました。かなり草が茂っていました。
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元町駅に戻るころにはだいぶん疲れて、中華街の方まで行く元気がなく、元町で遅い昼食を軽く済ませ、和菓子屋で土産を買って、帰途に就きました。

 

花小金井駅付近ショートウォーキング Walking near the Hanakoganei Station

西武新宿線の「花小金井」という駅名は、Wikipediaによると、駅の南を通る玉川上水の両岸の小金井桜に因んで、1927年の旧西武鉄道村山線開業時に付けられたものだそうです。
7月14日(日)は、沿線ウォーキングで「ポイントDay散策『花小金井サンバフェスティバル』を楽しもう!」というものがあり、13時から16時までの間に駅に行くと50ポイントがもらえるということで、楽にポイントが増やせるので行ってきました。
北口駅前広場に主催者テントがあり、特別観覧席のチケットを売っていましたが、サンバは17時過ぎからとのことで、駅の北側を30分ほど時計回りにぐるりと歩いて帰りました。
まず線路に並行にしばらく行くと、小金井街道に出ました。北へ向かうと青梅街道との「花小金井」交差点がありました。一瞬、新青梅街道ではないのかと戸惑いました。我が家の辺りでは、西武線に並行して新青梅街道が走っていますが、田無駅の北、西東京市の北原交差点で、新旧両青梅街道が交差して、花小金井では青梅街道が線路に近くなっているのでした。
そこから東に向かい、駅前からの通りでまた右へ曲がって南に向かいました。
右手の道端にお地蔵さんがいました。
Dsc_0809s台座に彫られた地名や寄進年は良く読めませんでしたが、スマホで写した写真から判読すると、「武州多摩郡野中新田」、「文化三・・・」らしく読めます。
向かい側には圓成院(えんじょういん)というかなり大きなお寺があり、山名は野中山でした。この辺りは武蔵野台地の中央部で、昔は水も乏しく、野原の真ん中だったので、実にぴったりの名前だと思ったのですが、これも念のためネットで見てみると、意外にも新田開発に資金を融通した人の名前とのことです。
(「ハム先生の歴史ブログ」を参考にしました。なぜハム先生と名乗っているのかは不明です。) 

2019年7月12日 (金)

飯能周辺丘陵地ハイキング Hiking in Hanno City, Saitama

ときどき参加する鉄道沿線ウォーキングは、西武鉄道の主催なので、池袋線の終点の飯能駅、秩父線の終点西武秩父駅や新宿線の終点、川越駅付近のコースが多いようです。
飯能駅の方が奥武蔵の山間を流れてきた入間川が平地に出るところなので、周囲に丘陵地が広がっており、コースが作りやすいようで、昨日、7月11日(木)に我が家の隊長と参加したコースも、飯能駅スタート、同駅ゴールの約6kmのものでした。
案内パンフレットに「山道ハイキング」と書かれていたのですが、特に特別な用意はしなかったところ、15分ほど入間川沿いに国道を遡ったところに係の人がいて、ここから急登なので軍手を持ってきた人はしてくださいといっていました。200mほどの区間でしょうか、手すりが立てられており、鎖が張ってありました。
雨上がりで赤土混じりの道がすべりやすくなっていて、用心しながらヒノキ林の中を進みました。45分ほどで山道を抜け、前にも何度か来たことがある「あさひ山展望台」に出ました。どんよりとした曇り空で、展望はほとんどききません。斜面のタンポポなど黄色の花が咲いていました。

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この展望台は、「飯能美杉台ニュータウン」という住宅団地の西の奥にあります。
休憩の後、団地の端を横切って、ゆうひ山公園に入りました。そこも団地や西の方を見下ろす展望地があり、歩いてきたあさひ山展望台と背後の丘陵が良く見えました。
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しばらく再び山道でしたが、こちらの方が道が広く歩きやすいようでした。15分ほどで団地から飯能駅南口に通ずる通りに出て、飯能大橋経由、駅そばのゴールテントに到着しました。
距離は短いコースでしたが、久しぶりにアップダウンがあったので、帰宅後はぐったりしてしまいました。

2019年7月 7日 (日)

映画「旅の終わり世界のはじまり」 The New Film Shot in Uzbekistan

中央アジアの大草原やシルクロードにはなんとなく引き付けられてしまいます。海に囲まれた多湿の日本からみると、別の世界と感じるからでしょう。
新聞の映画評欄で、ウズベキスタンを舞台とした映画「旅の終わり世界のはじまり」が上映されていることを知り、一昨日、5日(金)午後に渋谷まで見に行ってきました。
テレビのバラエティー番組の現地レポート撮影チームのことが描かれるので、主な登場人物は、女性レポーターと男性スタッフ3人、ウズベキスタン人の通訳の5人です。チームが滞在するサマルカンド、首都タシケントなどの市街の場面も多いですが、大平原や草地の丘陵、それに山岳部の場面もあり、満足できました。もっとも、数日前にTVで放映されていたモンゴルのドキュメンタリーとそれほど違わないと感じました。

映画全体の出来栄えはどうなのでしょうか。
主役の前田敦子の演技は、熱演と感じられ、なんとなくオーラのようなものもありましたが、歌はあまりうまいとは思いませんでした。名前は、こちらでも知っているくらい良く知れ渡っているわけですけれど、AKBというグループのセンターとしての知名度です。個人の俳優としての力は未知数なのではないかと思いました。
題名がやや分かりにくく、少し大仰な感じで、ストーリーも今一つと感じましたが、映画の一定の時間に中に盛り込めることは限られているので、まずあれで良いのかも知れません。

帰宅後、ネットで、この映画がタシケントのナヴォイ劇場の開場70周年記念、かつ日本ウズベキスタンの友好関係記念の2国の合作映画と知りました。それで、なるほどと納得できました。
最後の方でナヴォイ劇場の建設(仕上げ)に、第二次大戦後シベリアに抑留されていた日本人が従事したことが語られます。
このブログで、ウラル山脈の西にあるタタールスタン共和国のエラブカに抑留されていた捕虜のことを取り上げたことがあります。
http://nb20oi12-7388tu.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/prefix-map-of-r.html
ソ連時代のウズベク共和国にも約2万3千名が抑留されていたとのことで、そのうちの技術のある457名の日本人が劇場建設工事に従事したとされています。
そのこともあって、ウズベキスタン人の多くが親日的らしいことはありがたいことです。個人的にも、少数ですが、親日的な同国人と一時お付き合いしたことがあります。

ついでに余計なことですが、昔のラジオ少年にとって秋葉原は聖地のようなものです。
これをアルファベット3文字に置き換えて、アイドル少女グループの名前にして売り出すという、プロデューサー、マスメディアの発想は、逆立ちしても出てきませんね。アルファベット3字は、アマ無線のコールのサフィックスのようですが、もしかしたら関係者に誰かいたのでしょうか。

ウズベキスタンは、アマチュア無線での交信も距離的にはそれほど難しくない国ですが、局数が少ないので、交信局数は少ないと思います。
現在のプリフィックスはUJ-UM(主にUK)で、ソビエト連邦時代のプリフィックスはUI8でした。

Ui8-qsl 
だいぶん前に千葉県の大東埼灯台(ARLHS JPN-609)で移動運用をしていて、UK/JI2MED局からコールされたのが記憶に残っています。整理が悪いのでこのときの交信のカードは出てきません。このOPは JE1RZRのコールもお持ちです。

 

2019年7月 4日 (木)

QSLカード印刷 Printing QSL Cards 

梅雨どきで曇りや雨の日が続きます。大雨の災害も起きているようです。被災された方々にお見舞い申し上げます。

QSLカードをもらって眺めるのは好きなのですが、こちらから送るのは無精をしてついつい貯めてしまいます。
先週から昨年秋ごろ以降の移動運用のカード作りと印刷にかかっていますが、欲張って、表に移動場所のJAFFナンバー、JCC/Gナンバーなどを入れ、地図に移動場所の印を付け、写真も入れているのと、データ面にも付加的な記入をしており、最近ではJAFFロゴマークも入れたりして、手間がかかります。その上、もの忘れがひどくなっていて、前の移動地用からの訂正忘れなどがしばしばあり、これを手書きで訂正したりするので、余計な時間がかかります。
 Img_4852s
今日、移動運用の分はプリントが終わりました。これからサインしてJARLに発送します。

常置場所分も3年分近く貯まっているので、次はそちらにかからなければいけません。やれやれです。

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