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2019年2月

2019年2月21日 (木)

野火止用水緑道ウォーキング Walking along the Nobidome Irrigation Waterway

このところの南関東は暖かな日が続き、昨日、2月20日(水)は2月とは思えない、もう春になったような日和で、ウォーキングに好適な日でした。家からは行きやすい西武新宿線、拝島線の沿線で鉄道沿線ウォーキングが催されたので、行ってきました。
出発は新宿線の久米川駅、到着は拝島線の玉川上水駅で、野火止用水沿いに上流、西南西方向に6キロほどを歩くコースでした。

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この用水は、17世紀の中ほどに松平伊豆守信綱の命により開削された水路です。
上の写真の場所はおそらく原形に近いと思いますけれど、コース沿いの多くは、暗渠となっていたり、水に親しめるように浅い水路になっていたりでした。
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ゴール近くの東大和市駅と玉川上水駅の間に、西武鉄道の車両基地があります。急行用かと思いますが比較的新しい車両もいたので、写真を撮りました。
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上の写真は、玉川上水から野火止用水が分水されるところの少し下流で、下流方向を振り返ったところです。左のけやき並木が野火止用水、右が玉川上水です。
用水路は平坦なところに引いてあるので、コースにもアップダウンはまったくありません。武蔵野台地の広さを実感するウォーキングでした。
我が家の隊長も参加したのですが、午後に用事があるということで、早く出て別行動でした。こちらもそれほど遅く出たわけではなく、15分ほどの違いでしたが、休みをとりながらゆっくり歩いたので、着いた時間は30分ほど遅かったようです。

Walked about six kilometers upstream along the Nobidome Irrigation Waterway yesterday, Wednesday, Feburuary 20. This canal was built in the middle of the 17th century as a branch of the Tamagawa Josui waterway.

2019年2月18日 (月)

高麗峠・巾着田ウォーキング

飯能市は入間川が山間部から平野部に出るところにある街ですが、その2~3キロ北には高麗川が流れていて、この川が平野部に出るところで大きく蛇行し、有名な巾着田になっています。昨日、2月17日(日)は、鉄道沿線ウォーキングで、飯能駅から二つの川を隔てる丘陵にある高麗峠を越えて、巾着田を通り、西武秩父線の高麗駅まで歩きました。距離は約7キロ、休憩も入れて2時間20分ほどでした。
午前10時ごろに飯能駅をスタートしました。初めの40分ほどは舗装道路です。その後は、整備されたハイキングコースの土の道を登りました。
峠の手前には「ほほえみの丘」という広い芝生広場があり、格好の休憩場所でしたので、瑞文補給などして休みました。峠の標高は177メートルで、西方に奥多摩の山々が良く見えました。
巾着田では、「鍋まつり」というイベントの開催中で、いろいろな店が出ていました。
巾着のすぼまったところは、幅が400メートルほどのようです。写真は、その下流側で下流方向を見たところです。倒れている緑色の草はヒガンバナ/マンジュシャゲだと思います。
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2月にしては暖かく、ウォーキング日和でした。

我が家の隊長は、前の晩から、早朝に家を出て、スタート受け付け開始の午前9時までに行くということでしたが、こちらは、しばらく前にちょっと風邪をひいて、起きられるか自信がなく、朝の体調次第で行くことにして、目覚ましもかけずにいました。結果は、朝に目が覚めたときには、もう間に合わない時間だったので、それぞれ別行動となりました。

Went to hike through the hills between Hanno and Hidaka cities, Saitama, on Sunday, February 17. Kinchakuda formed bu the meandering Koma River is famous for the flowering red spider lilies. The grass is down on the ground now but keeps green color somehow. (Photo above.)

2019年2月15日 (金)

片瀬常立寺 Joryuji Temple, Katase, Fujisawa

藤沢市の片瀬というと、現在は、多くの人がまず小田急電鉄の片瀬江ノ島駅がある片瀬川(境川の下流部)の右岸、西側の住宅地エリアを思い浮かべると思います。小田急電鉄の開業以前は、このあたりは松林があるくらいの荒れた土地で、古くから開けていたのは、川の右岸の山裾のあたりだったようです。藤沢から鎌倉に通じている江ノ島電鉄、「江ノ電」の江ノ島駅の北東側あたりです。現在の県道の東に細い旧道がありますが、それに沿って、常立(jじょうりゅう)寺という日蓮宗の寺があり、先日、ここに枝垂梅があると聞きました。
12日(火)と14日(木)の2日、ちょっと用があって片瀬海岸に行ったので、14日にこの寺に行ってみました。昔から片瀬海岸には良く行っていたのですが、この寺のことは知りませんでした。

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後ろには山が迫っていますが、思ったよりも広いところでした。

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白梅の方はかなり咲いていました。左手の紅梅はまだパラパラ程度でした。

鎌倉時代の建治元年(1275年)に元から派遣されてきて処刑された使者の霊を供養する塚(五輪塔)があるというので、探しましたが、どこにあるのかしばらく分からず、うろうろしてしまいました。カメラを構えて梅など撮っている若い女性がいたので、聞いてみると、大正年間にできた大きな記念碑の前にあるものがそうではないかと教えてくれました。

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最も大きい五輪塔は、なにやら青や黄色の布に覆われていて、形が良く分かりません。
後でネットで見たところでは、モンゴル出身の力士が参拝に来て、モンゴル伝統の青い布をかけたのだそうです。たしかに元朝はモンゴル族が打ち建てたものですが、現代モンゴル人が先祖として慰霊するとは思い及びませんでした。

この後、いつもは江の島から眺めている龍口寺にまわり、日蓮が夜を過ごしたという岩窟や裏山の中腹の五重塔にも行ってみました。
門前の上州屋菓子店で、久しぶりに片瀬饅頭を求め、土産にしました。天保元年(1828年)創業とのことです。

江ノ電江ノ島駅から南へすばな通り(洲鼻が語源と思われます)を進み、やや高まったところの風流亭というところで、しらす丼定食とサービスのお汁粉を食べました。このところ外国人の客の増加がめざましいそうです。小田急の駅に戻って、散策を終わりました。

There are stone monuments said to be built to remember emisaries from Yuan dynasty, executed by the Kamakura Bakufu in 1275 at Joryuji Temple at Katase, Fujisawa City, Kanagawa. Blue cloth was first put on by Mongolian sumo wrestlers several years ago following Mongolian tradition.

2019年2月12日 (火)

府中競馬場、大國魂神社周辺ウォーキング Walking in Fuchu City

昨日、2月11日(月・祝日)は、鉄道沿線ウォーキングで、西武多摩川線の競艇場前駅からJR武蔵野線府中本町駅まで、約3キロのコースを歩きました。
企画としては、大國魂神社を訪ねることが中心でしたが、府中競馬場東門から中に入り、乗馬用馬場のそばで飼われている馬や体験乗馬の風景をまず見ました。

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ベルギーから来たというフリージアン種の馬です。毛がふさふさとしていて、見栄えがする馬でした。ヨーロッパでも人気があるそうです。だいたい馬1頭に1人づつ女性職員が付いていて、質問に答えてもらえるところが、動物園などと違います。

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体験乗馬は列を作って順番待ちが必要のようでしたが、寒い日で、待っていたのは20人くらいだと思います。

その後、競馬博物館に入り、様々な展示を見ました。特別展として「メジロ牧場の歴史」というものをやっていました。東京の目白に牧場があったという話は聞かないし、どういうことだろうかと、興味をそそられました。
牧場の創業者で馬主であった北野豊吉という人が、東京の目白に住んでいたので、メジロという名前を付けたのだそうです。メジロマックイーンなど、この牧場の馬の名には「メジロ」が付いていました。
博物館内では、馬の進化のこと、海外、国内の競馬の歴史、馬具のことなど、興味深い展示があり、1時間以上ほど見てしまいました。
馬が口にくわえている馬具を馬銜(ハミ)といい、人間の意思を馬に伝える最も重要な馬具なのだそうで、約5000年前に発明されたそうです。漢和辞典では「くつわ」、「くつばみ」という訓が出ています。音は「カン」、「ガン」です。

2019年2月 3日 (日)

東伏見付近ウォーキング Walking at Higashifushimi, Nishitokyo

今日、2月3日(日)は、鉄道沿線ウォーキングの企画が近場の西武新宿線東伏見駅スタートで、コースも短く、スタートでポイントがもらえる自由度の高いものだったので、出かけてきました。
今週は、ちょっと風邪気味で、火曜日のプールも休み、散歩もあまりしていなかったので、そのリハビリにもちょうど好都合でした。
駅からしばらく線路沿いに西に進み、明るい芝生の丘のある東伏見公園に入って南に向かいました。公園のほぼ南隣りが東伏見稲荷神社です。
石神井川の左岸の高台の上にあります。

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この稲荷神社は、昭和4年(1929年)に京都の伏見稲荷神社の分霊が祀られたものだそうです。西武線の駅名も、上保谷から東伏見の変更されたそうです。神社の東京進出戦略かと思いましたが、ネット情報では西武鉄道の方から誘致したらしく、そこまで分かると、古くから地域に根付いた神社と違って、有難みが薄れるように感じます。

石神井川沿いに小さい橋2つ目のところまで、東、下流に歩き、右岸側の丘に上がると、下野谷(したのや)遺跡がありました。縄文時代の環状の集落の遺跡だそうです。水が得られる川に近く、高台で見晴らしも良く、住みやすいところだったのでしょう。富士山も見えましたが、風のない穏やかな日だったので、ぼやけていました。
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遺跡の近くから、早稲田大学のグランド群の間の道を北へ進み、駅方向に向かいました。
右手のグランド入り口から、子供たちのスポーツ教室だか、人が集まっているので、グランド脇まで行ってみると、そこはアメリカン・フットボールのフィールドでした。寄付の記念碑には「米式蹴球部」とありました。
見ていると、野球の選手たちが大勢広がってキャッチボールを始めたので、サイドラインで見ていた女子マネージャーらしき人に、野球部の2軍なのか、どういうチームですかと聞いてみると、準硬式野球部とのことでした。もう4年はいないので、1学年あたり20人ほどはいるようです。準硬式というのは知らなかったので、聞いてみたら、ボールの外側は軟球と同じゴム製で、中は硬球と同じように硬いのだそうです。部員はみな高校で野球を経験した人たちとのことでした。さすがに学生数の多い大きな大学だけあって、このようなスポーツにもたくさん部員がいると知りました。本来は、木立の向うに準硬式専用のグランドがあるけれど、改修工事中なので、こちらを借りているのだそうです。硬式野球部用は、川沿いに別にあるので、大学のグランド群はなかなか大きなものです。
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なお、ネット情報では、早稲田大学のグランドも、西武鉄道が誘致したもののようです。集客や沿線の開発にあれこれ知恵を絞った結果なのでしょう。

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