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2018年2月

2018年2月25日 (日)

長野県・信濃国 Nagano Prefecture / Shinano Province

前回に長野県出身者のことに触れました。
いろいろなところで、長野県歌というものがあって、県人の団結を高めているということでした。この際と思い、ネットで探して、演奏を聞いてみました。
長野県庁のサイト に紹介されています。
明治時代に作られたものなので、今では少し古めかしいですが、歌詞は県の特徴を良く記述していると思いました。
それほど多くの出身者を知っているわけではないので、県民性を云々できるほど明るくはありませんけれど、標高が高く、全般に寒冷な地域なので、勤勉な人が多いのではないでしょうか。それと伝統的な向学心が合わさり、様々な分野で一流の人を輩出してきたようです。
ただ、手元の山川出版社刊(県史シリーズ)「長野県の歴史」によると、自分の世界で道を究めていても、各分野の人々をまとめてリーダーシップをとるような人、統率力のある人はあまり出ていないということです。

東京からは、距離も程よいところにあり、夏の避暑、冬のスキーなどで行きやすいところです。
振り返ってみると、小学生のときの菅平にはじまって、志賀高原のスキー、中学高校時代の蓼科、大学時代の戸隠など、すいぶんお世話になったものです。
大学生時代の古い写真があったのを思い出し、探してみました。
Img_2999s
このときは戸隠山を縦走したと思います。
また、大学3年の夏には、長野出身の親戚に紹介を頼み、1週間、戸隠高原の民宿に泊まって、勉強したのも良い思い出です。

ちょうど50才くらいのときに、初めの職場から第二の職場に移りましたが、その話を進めてくれた上司と、行き先側のカウンターパートがともに松本の出身であったので、長野人脈にお世話になりました。

近年では、平成11年(2009年)秋に上高地、平成13年(2011年)の夏に霧ヶ峰高原(八ケ岳中信高原国定公園、JAFF-0056、移動運用)木曽駒ケ岳登山上伊那郡宮田村移動運用)、翌14年夏に蓼科(八ケ岳中信高原、JAFF-0056、移動運用)、茶臼山高原(下伊那郡根羽村、天竜奥三河国定公園、JAFF-0057、移動運用)、平成18年(2016年)冬に別所温泉など、主なものだけでも何回も行っています。
この2年ほどは、事情でちょっと遠出がしにくくなったので、足を運んでいませんけれど、また行きたいものです。
大きな県なので、木曽や小海線沿線の八ヶ岳山麓にはまだ行ったことがありません。

「訂正」初め、子供の頃のスキーの行き先として池の平と書きましたが、池の平は新潟県でした。お詫びして訂正します。
 

2018年2月19日 (月)

2018 冬季オリンピック Winter Olimpic Games, PyeonChang

多くの皆さんと同様にTVの前で気楽に観戦しています。
昨日の小平奈緒選手の金メダルは素晴らしく、ファンになってしまいました。
ネットサーフィンで出身地や出身学校など見たりしています。信州大学だそうですが、この大学はあちらこちらにキャンパスが分散しています。小平選手が行ったのは教育学部で長野市のようです。所属の病院は松本市のようです。
出身地の茅野市の観光ページから、写真を1枚お借りしました。
南側の杖突峠から北の方の山々と眼下の茅野市市街を見たところです。
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                     www.tateshinakougen.gr.jp/places/6666/
父方の義理の伯父が長野県出身だったことや、学生時代の友人と最後のころの職場の同僚が県出身だったことなど、いろいろなつながりがあります。一致団結しているようでいて盆地ごとにばらばらであるような、微妙な県民性も部外者にはちょっと面白いです。
冬季オリンピックといえば、荒川静香選手が女子フィギュアスケートで金メダルを取ったときに、すっかりファンになってしまい、家の中で「しーちゃん」を連発してうるさがられたのが思い出されます。
ただ、記憶はあいまいで、何年前のことだったのか、どうしても思い出せません。結局ネットに頼って、12年前と分かりました。当時もあれこれネットサーフィンして、彼女のアメリカでの練習拠点がコネティカット州で、アメリカのアマチュア無線連盟、ARRL, の本部があるニューイントンに近いところだったことを見付けて喜んでいたことを思い出します。
ARRLといえば、週末はARRL DXコンテストCW でしたが、こちらは先週にインフルエンザA型にかかってしまい、休養優先でした。ちょっとだけ聞いては見ましたが、アンテナのあるバンドは開けず、14メガでしばらくSWLをして耳を慣らす程度でした。日曜日はJL1xxx局が、今日はJN1xxx局がランニングしているところをしばらく聞いていました。後者の局は今年のKH1ペディに参加予定らしいです。

2018年2月 7日 (水)

玉川上水遊歩道ウォーキング Walking along Tamagawajosui Aqueduct

今日、2月7日(水)は、また我が家の隊長に随行して、鉄道沿線ウォーキングに参加しました。10キロのコースで、長いコースを歩くのは久しぶりでした。午前9時45分ごろ、西武拝島線の終点(JR青梅線と接続)の拝島駅から歩きはじめました。
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今日のコースは、単純明快、ひたすら玉川上水に沿って東へ進むものでした。
50分くらい経ったところで休憩しました。
途中、残堀川と交差するところがありました。上水がサイホンで川の下を潜っています。
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川にかかっている上宿橋から下流(南)を見たところです。この川は多摩川水系です。
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川岸のコブシの蕾がふくらんでいました。
2時間くらい経ったところの多摩都市モノレールと交差している玉川上水駅の近くで昼食休憩、さらに2キロほど歩いて午後1時ごろにゴールの東大和市駅に着きました。
玉川上水駅からしばらく行ったところで、コースは玉川上水から離れ、分水である野火止用水の上に整備された公園の中を進んで、ゴールになりました。
東大和市駅の東側に青梅街道が通っています。野火止用水にかかっている橋は青梅橋という名前です。
 
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駅前広場の先から青梅街道の北方向を見たところです。ここから1キロ強先の奈良橋庚申塚交差点で、新青梅街道と交差し、青梅街道は狭山丘陵の南側の裾を通っています。
前回の記事で青梅街道中野宿を取り上げたので、参考までに写真を撮りました。街道アワードでは青梅街道07でKD644というナンバーが東大和市に付けられています。市内に宿場があったのかどうか分かりませんが、江戸時代の集落としては、狭山丘陵近くの奈良橋あたりが大きかったのではないでしょうか。

[2月8日追記] ネット情報によりますと、青梅街道の小川宿(小平市)の次は、箱根ヶ崎宿(西多摩郡瑞穂町)で、その間の東大和市と武蔵村山市には宿場はなかったようです。アワードの方は、宿場がなくても街道が通過していれば、ナンバーが付いているようです。杉並区と練馬区についても同様です。
今日のコースは途中にお寺や神社が無いので、お賽銭がいらないといっていました。
ところが、帰りの電車が上石神井駅を出たところで、一つ先の井荻駅の人身事故で、30分ほど止まったままになりました。動き出して井荻駅に着きましたが、事故の後の処理でまだ運転ができず、ここで止めますとのアナウンスで、仕方なく新青梅街道まで出てタクシーで帰るはめになり、思わぬ出費を強いられてしまいました。

2018年2月 6日 (火)

散歩かふぇ「ちゃらぽこ」と青梅街道の旧中野宿 Cafe Charapoko and Nakano Post of Ome Highway

また一昨日のことですが、4日(日)はわりに暖かだったので、午後の早めの時間に先週定休日で中に入れなかった 散歩かふぇ ちゃらぽこ まで行ってみました。 
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元はうなぎ屋だったところだそうで、表寄りはカウンターとテーブル席ですが、奥に小上がりがあり、写真のように、街道歩き関係の書籍がぎっしりと並んでいます。
なんとなく店主は男性と思いこんでいましたが、女性でした。割に空いていたので、あれこれお話を聞いてきました。
街道関係のインフォメーションは、「街道なう」というホームページを作って、そこに書いているそうです。
街道アワードのリストの元データにあたるものとしては、一昨年「街道手帳 2017年版」というものを発行し、その附録の地図に120の街道を載せてあるそうですこの地図は、壁に貼ってありました。街道アワードは138で、18の差がありますが、そこはどうしたのか、ちょっと分かりませんでした。今年の手帳は発行しなかったとのことです。

店ではコーヒーをいただき、乗ってきた自転車で、ゆっくりと様子を見ながら、東、新宿方面へ行ってみました。
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沿道の建物は、ほとんど全てが鉄筋コンクリートのビルになっていますが、写真のような銅製の雨どいと戸袋の古屋もまだありました。大正か昭和の初めごろのものでしょうか。

中野通りとの交差点の西南にある杉山公園に自転車を置き、そこからさらに東へ行って、鍋屋横丁の辺りを少し南に入ってみたりし、北側へ渡って、慈眼寺に寄ってみました。古いお寺ですが、現在は、建物も新しく、敷地も舗装されていました。
さらに行ったところの宝仙寺の方が境内が広く、旧中野町役場の碑があったりして、見どころがありますけれど、古い建物はないようです。中では山門(仁王門)が古く見えましたが、明治以降のもののようで、建築年などを書いた看板などはありませんでした。
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宝仙寺の向かい側あたりに中野宿の高札場があったようです。これは、木曜日だったか、家の近くの歴史民俗資料館の展示で予習をしたときに、その写真がああったので、探してみたのです。
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歴史民俗資料館では、常設展示室の正面奥の壁に写真の古い絵図の複製が展示されています。写真の部分の左端には「自現寺」とありますが、「慈眼寺」のことでしょう。宝仙寺は右の端から少しのところです。高札場は、中宿とあるところの下(南)だと思います。
この辺りの青梅街道は、車で動くときには、中野通りや鍋屋横丁のところのもみじ山通り(中央線の新井道ガードをくぐる道)、さらに中野坂上の山手通りで交差点で横切ることがほとんどで、たまに車の修理などで自分でもちこむときに、高札場のあたりにあるディーラーに行くくらいです。同じ区内に住んでいても、ゆっくり歩くのは初めてでした。小1時間散歩して、杉山公園に戻り、帰宅しました。
 

2018年2月 5日 (月)

大國魂神社節分ウォーク Walking to the Okunitama Shrine

一昨日、2月3日(土)は、久しぶりに鉄道沿線ウォーキングに参加しました。
西武多摩川線の終点の是政駅からJR南武線・武蔵野線の府中本町駅まで、約3キロのコースで、府中市の大國魂神社の節分の豆まきと日を合わせたイベントでした。
いつものイベントと違って、スタートでもうカードに50ポイントをチャージしてもらい、その後、3キロコースで、府中本町で終わるか、9キロコースでJR・西武線の国分寺駅まで歩くかは参加者の自由でした。
昨年11月に是政駅がゴールのコースで、東京競馬場のまわりをぐるりと歩きましたが、今回は競馬場の西側をたどって行く短いコースでした。
前回は、駅が多摩川のすぐそばなのに、川を見ないで帰ったので、今度はまず是政橋まで行き、川を眺めました。
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上流方向を見たところです。対岸に多摩丘陵が見えていました。
コースの途中から競馬場沿いの裏道を進みましたが、西側には寺社があって静かなところでした。
大國魂神社に着くと、節分の人出で参道には提灯を吊り、屋台がたくさん出ていました。また、本殿前の左右には、豆まきを待つ人たちがすでにびっしりと入っていました。
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神社境内の西隣りに「カフェ サンク(5)」という名のカフェがあったので、そこで同行の我が家の隊長と、特別メニューの甘酒を飲んで一服しました。
この店は、中に入ってみると、奥の壁一面にオーディオ機器が並んでいて、ちょっと驚きました。TNNOYとALTECの大きなスピーカーに挟まれて、アンプも片手では数えきれないくらい並んでいました。
当方はオーディオには暗いのですが、TNNOYのスピーカーは、練馬区が催した作家、五味康祐の遺品を使ったレコード・コンサートを聞きにいったので、見覚えがありました。
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休憩後は別行動をとり、隊長は引き続き国分寺へ、当方は午後にローカルアマチュア無線クラブの定例ミーティングがあったので、府中本町駅から武蔵野線で西国分寺へ向かい、JR中央線で、中野駅へ行きました。

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