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2016年12月

2016年12月30日 (金)

今年読んだ本 The Book I Read in 2016

その内に一度書こうかと思いながら、もう年末になってしまいました。実際には、8月3日に読み終わった1冊の英語の本を紹介しておきたいと思います。
Daniel J. Boorstin "The Americans -The National Experience-" 1965, Random House, INC.
同じ著者の"The americans -The Colonial Experience" の続編で、アメリカ合衆国の独立以後、19世紀の後半あたりまでの、国家kとしてのアメリカとその社会がどうのように形づくられてきたかを書いています。一般向けの歴史書ですが、歴史学の専門書に近いところもあり、なかなか英語も難しく、十分理解できたとはいえませんが、30数年前にアメリカにいたときに購入して、ほとんど読めずに書棚に積んでいたのを、なんとか読み通したので、なにか借りを返したような気分になりました。
話題はたいへん多岐にわたり、司馬遼太郎のような博覧強記ぶりです。とても短い記事で紹介できません。
西部開拓時代には、とにかく早く未開の土地に着いて、占有することが大事だったので、河川の舟運や鉄道は、能力いっぱいまで速度を上げて急ぐのが当たり前で、その反面、蒸気機関の爆発、沈没、列車の脱線、転覆などが頻繁に起きていたという話が印象に残りました。そのころの人々はリスクをとるのが普通で、慎重に安全にといっていたら競争に負けてしまうという考え方だったようです。
これは、国民性として、現代にも及んでいるかも知れません。
また、ちょうど鉄道が実用化された時代にまだ西部の大平原が未開拓に残っていたという巡り合わせで、急速に開拓が進み、広々とした大地に豊かなコミュニティーが次々に作られていったことは、人類史の上でも特別なことで、アメリカ人だけでなく、我々を含め世界中の人が認識しておいて良いように思いました。
11月の大統領選挙で、アメリカが注目を浴びましたが、アメリカもかなり大きな変化を経てきていて、国民もそれをあまり恐れないということがこの本から分かっていたので、多少、状況の理解も進みました。
19世紀の前半には、ボストンを中心とするニューイングランドが技術、生産などで優位に立ち、冬の氷を切り出して、冷蔵庫で食品を保存することに成功して、世界中と交易したり、捕鯨で大洋に乗り出したりしていたことも書かれていました。
そのことは日本へのペリー来航とも少し関係しています。
この本は、さらに書き継がれて3冊シリーズになっており、"-The Democratic Experience-" というものが出ていますけれど、取り組む覚悟はまだできていません。
写真は直接の関係がありませんが、日本とは違う大陸の自然のスケールの大きさを示しているナイアガラの滝です。
Dh000038ros

2016年12月29日 (木)

アマチュア無線情報サイト 2 I-net Sites on Ham Radio 2

昨日の記事では一つ忘れていましたので、追加します。
タイトル: "Monthly FB NEWS" 「月刊FBニュース」
標榜している内容: アマチュア無線の情報を満載
主宰(発行元): 月刊FBニュース編集部
これも主宰者がはっきりしませんが、広告は少ないようで、女性によるレポートを掲載したりして、アマチュア無線の一般への普及に留意しているようです。タイトルページの写真などから、あるメーカーが編集しているような気配が見えていますが、良く分かりません。
以上は、アマチュア無線に関する総合的な情報サイトを取り上げましたが、QRV情報など、特定の情報に特化したものは、たくさんあると思います。むしろ、インターネットの普及で、各人が自分が欲しい情報を迅速かつ手軽に入手できるようになったので、雑誌などの売れ行きも減ってきているのでしょう。その中で、ネットでの総合的な情報提供がどの程度意味を持つのか、当方にはあまり良く分かりませんが、これからやって見ようという人々や始めたばかりの人々には、このようなサイトも有意義かも知れません。
写真は記事と関係ありません。昨日、12月28日(水)の0900JSTごろ都内の某所から見た富士山。
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2016年12月28日 (水)

アマチュア無線情報サイト I-net Sites on Ham Radio Information

先日、SOTA JA のメーリング・リストのメールで、先日のサミット・リストの改訂が"hamlife.jp" というサイトで紹介されたとの知らせが流れてきました。
前にも何回かは見たことがありましたが、改めて、少し良く見てみました。
主な事項を整理すると次のようなところです。
 
タイトル: hamlife.jp
標榜している内容: アマチュア無線総合ニュースサイト
主宰者: 株式会社パイルアップ プロダクツ
 
広告が非常に多く、あまり見やすいとはいえませんが、様々な情報を載せているようです。主宰の企業名や内容から見て、DXも相当にやっている人が原動力のように推測されますが、名前やコールは表には出ていません。また、実名で寄稿している記事も見当たりませんでした。無料で情報を提供するためには、その費用をなんらかの方法で得なければならないので、広告と内容のバランスがどうかで判断するしかありませんが、情報提供などで、進んでサイトの充実に協力しようという気にもなりません。
なお、ツイッターのアカウントもあって、そちらでも情報提供、収集などしているようです。
「注目キーワード」に「ハム物件」というのがあるので、何だろうと見てみたら、売りに出たタワーやアンテナ付きの家屋、宅地のことで、そんな情報も集まるようです。
たしかやや似たようなサイトがあったと、しばらく考えて思い出したのが、"QTC-Japan" です。
タイトル: QTC-Japan.com
 (QTC=「そちらには送信する電報が何通ありますか」"How many messages have you to send?")
標榜している内容: 読者参加型オンラインマガジン
主宰者: 川合信三郎氏(JA1FUY/NV1J/JA1ZNG)
 
2008年に対馬に移動運用に行ったときの事前準備で、このサイトのグループの運用記を参考にしたりして、そのころはときどき見ていました。ページのリストの英語のスペリングに細かいミスを見付けて、メールしたことがあります。
詳しいことは知りませんが、たまに買っていた「モービルハム」が廃刊し、その後継として、このオンライン・マガジンが始められたようです。
長いこと見ていませんでしたが、続いていました。ただ、記事には古いものが多いようです。
もともと、「モービルハム」がやや高度なものを求める読者を対象にしていたこともあり、こちらは入門直後などの初心のハムはあまり頭に置いていないようです。
一方、オールドタイマー向けというか、主宰者や周辺グループの属する年齢層を反映して、サイレント・キーの記事が多くなっているのが、ややわびしいです。
Dsc_0158s写真は記事と関係ありません。1週間前の水曜日に、ローカルのハム2人、Sさん、Tさんとお昼を一緒に食べました。Tさんの提案で、「陸蒸気(おかじょうき)」という魚定食の店でした。
ここはXYLの実家に近く、もう40年も前から前を通って、変わった店構えが気になっていたのですが、入ったことがなく、初めて入りました。Sさんも歩いて5分もかからない近くなのに、初めてだったそうです。入るときに左手の窓口でチケットを買わなければいけないところも駅のようですが、内部は民芸酒場風で、外から見たイメージとは少し違っていました。

2016年12月22日 (木)

江の島 Enoshima Island

今日、12月22日(木)は、ほぼ年末恒例の片瀬江の島行きでした。
この時期にしてはずいぶん暖かな日でしたが、どんよりと曇っていて、今にも雨になりそうなので、用は手早く済ませ、せっかくなので江の島を歩いてきました。
江島神社の辺津宮、中津宮にお参りし、その少し上のコッキング苑前の展望台まで行き、帰りは神社を通らない脇道をとりました。
辺津宮の鳥居の脇に児玉神社の鳥居がありました。日露戦争時に満州軍総参謀長として司令官の大山巌の下で作戦指導に当たって功績が大きかった児玉源太郎を祭る神社です。以前に行ったことはあったと思いますが、だいぶん日が経って、もう忘れてしまったので、寄ってみました。社殿はあいにく建て替えのため囲いの中で作業中でした。
参道に咸臨丸の図面発見を記念する碑がありました。
なぜここにあるのか、理由が良く分かりませんが、オランダ政府の協力で、発見されたそうです。
荒波と闘う咸臨丸を描いていて、印象に残るものでした。
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片瀬江の島駅から往復約1時間の散策でした。
 

2016年12月15日 (木)

FT-991とFT-817 A Club Rig and a New Rig

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11月20日のローカル・クラブの公開運用後、またしばらく昨年クラブで購入したリグであるFT-991を預かることになりました。
せっかくなので、数日前から卓上に置き、使ってみています。
仮設のバーチカルから7メガCWでCQを出してみましたが、コンディションもあまり良くなく、あまり交信はできません。
13日2局、14日6局、本日、15日1局といったところです。バンドの開け方かと思いますが、4エリアの局が多いようでした。
 
また、2月にSKとなられたクラブ員のご遺品で、クラブとの設備共用になっているFT-817をご遺族からお譲りいただいていましたが、先般、増設の免許を申請して使える状態になりました。
こちらは、マニュアルが付いていませんでした。何とかなるだろうと手探りでやってみたものの、だいぶん時間をロスした挙句、結局、ネットでマニュアルを読んで、リセットすることになりました。
まだ、内蔵バッテリーを充電してみるところまでしか進んでいません。内蔵バッテリーがもう一つありますので、そちらも試してみないといけませんが、はじめから大きめのバッテリーを使ったほうが、実戦的のような気がしています。
 

2016年12月12日 (月)

飯能ウォーキング Walking in Hanno City

昨日、12月11日(日)は、鉄道沿線ウォーキングイベントで日高市と飯能市内を歩きました。また我が家の隊長と一緒です。西武池袋線(秩父線)の武蔵横手駅から西武池袋線の飯能駅まで約7キロのコースでした。飯能市のパンフェスタというイベントと日を合わせてありました。
 
武蔵横手駅は、巾着田のヒガンバナで有名な高麗駅の次の駅で、高麗川が広い平地に出る少し手前です。横手渓谷という名前もあるようですが、特に印象に残るようなものではありませんでした。駅から川沿いに少し下流に進み、橋を渡って右岸側に移りました。
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           高麗川右岸から上流方向を見たところ。快晴でした。
           The valley of the Koma River, Hidaka City, Saitama.
 
ここから高麗川の谷と飯能市の南を流れる名栗川(入間川)の谷の間にある尾根にいったん登ります。舗装道路で、地形図で見ると80メートル程度の高低差ですので、たいしたことはありませんでした。
登り切ると、近くには高麗の日和田山が良く見え、遠くには筑波山もうっすらと見えていました。山の上は住宅団地になっていました。このような高いところは、車がないとたいへんだと思います。もっとも、東京周辺では横浜、川崎、多摩ニュータウンなど、ほぼこれに近い高さの丘に作られた住宅団地も多いので、慣れの問題かも知れません。
 
住宅地を通り過ぎると、飯能西武の森という林の中の土の道になり、少しハイキング気分になりました。これは1キロも歩かないうちに通り抜け、西武鉄道の車両基地の横を通って、ショッピングセンターになっているところに出ました。そこからは、飯能市の市街に続く住宅地でした。
古い通りに入るといくつか古い家が目に付きました。ほとんどが建て替えられ、街並みとしては残っていません。
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           An old house on the main street at Hanno, Saitama.
 
パンフェスタは、飯能銀座という歩行者天国の通りにテントを出して、市内や近隣市のパン屋さんがパンなどを売っているものでした。好天のためか相当に混雑していて、品物がまだあるテントには長い行列ができていたので、パンは買わず、甘酒を飲んだくらいで、駅へ向かいました。
歩いたのは休憩も込みで2時間程度、イベントで大勢が歩いているので、飽きずに歩けましたが、単独ではたぶん歩かないような、あまり変化のないコースでした。

2016年12月 9日 (金)

SOTA JA 山岳リスト拡充 SOTA JA List Augmented

SOTA、サミット・オン・ジ・エアーが我が国、JAに導入されて以来、1年4ヶ月ほど経ちましたが、関係者の尽力や熱意ある愛好家の参加で、なかなかの盛り上がりが見られているのは喜ばしいことです。
昨日か一昨日ころから、懸案であった本州支部の未登録のサミットの追加が英国の本部で承認され、データベースも改訂されて、これらの山のアクティベーションやハンティングが可能になりました。1,225ヶ所の増加とのことです。
四国、九州、北海道の分はすでに10月1日付けで、追加されています。また、同時に山名の修正やナンバーだけで山名未登録であったものの登録も行われ、リストが以前よりずっと使いやすくなりました。
登録漏れの山を拾い、一つづつ150mの独立性(プロミネンス)ルールを充たしているかチェックする根気のいる作業に当たられた方々のボランティア・スピリットに感謝したいと思います。
Img_0060s          上田電鉄の車窓から見た女神岳。新ナンバーSOTA JA/NN-243
1月の 「信州上田・別所温泉(3) Historic Street, Ueda City, Nagano」 の記事で取り上げましたが、塩田平の女神岳にもナンバーが付きました。これで女神もやすらかに見守ってくださることでしょう。もっとも里山なので、キノコの関係だとかで、入山には注意が必要らしいです。
新しくリストに載った山で近いところを見てみましたが、地図では道がないところなどもあります。車で近くまで行けそうなところは、場所が遠いとか、年配の軟弱者でも行けそうなところは、簡単には見つからないようです。
 

2016年12月 5日 (月)

石神井公園・石神井川ウォーキング Walking around the Shakujii Park

このところ、我が家の隊長は鉄道沿線ウォーキングにたいへん熱心に参加しています。季節が適していることや、もう少しで1,000ポイントになることが理由のようです。そんなことで、昨日、12月4日(日)も誘われました。
場所は近めなので良いのですが、事前広報での距離が12kmと長く、シュリンクしました。迷ったあげく、前半だけ帰ることにして、出かけたところ、スタートで配られた地図では9kmになっていたので、全部歩きました。
 
西武池袋線の大泉学園駅からスタート、2駅池袋寄りの練馬高野台(ねりまたかのだい)駅のそばを通って、1駅分を戻り、石神井公園駅でゴールするコースでした。「晩秋の石神井公園を訪ねて!」というタイトルにあるように、石神井公園がメインですが、それだけでは短いので、まず白子川という東北へ流れる都市河川を下流向きにしばらく歩き、北西から公園に入って、東西に長い公園を東に抜け、すぐ近くを流れている石神井川を下流へ向かって練馬区高野台に進み、長命寺という大きな寺に寄って、ゴールに進みました。
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          三宝寺池にいたサギ(ゴイサギ?Nycticorax nycticorax ?)
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          長命寺 Chomeiji Temple, Nerima-ku, Tokyo
長命寺は境内が広い大きなお寺でした。真言宗で、「東高野山」の別名があり、昔は多くの参詣者があったそうで、家の近所の練馬区の歴史散歩の案内図には、川越街道、清戸道、富士街道などの主な街道と並んで、長命寺道という参道も載っているくらいです。
所在地も、石神井川が東向きから北向きに湾曲して流れるコーナーの台地の上で、昔は南と東を見下ろす良い場所だったでしょう。もっとも、この辺りの石神井川沿いの低地と台地の高低差は5m前後で、たいしたことはありません。
町名の高野台も、東高野山に由来するものだそうですが、この町名を付けるときに、足立区に高野町(こうやちょう)という地名が存在したため、「こうや」と読むと、同じ町名を付けてはいけないとした、当時の町名決定の指針に反するため、「たかの」と読むことにしたのだそうです。昔の地名は「谷原在家」という郊外の住宅地らいくないものだったらしく、お寺にちなんだ新しい名前にしたようです。「こうや」では少しお線香の香りがするので、同一名があったというのも、一つの口実かも知れません。

2016年12月 3日 (土)

東京都立羽村草花丘陵自然公園移動運用 Portable JAFF-0197

東京都の自然公園担当部局の紹介はごく簡単なものです。
「都立羽村草花丘陵自然公園
多摩川沿いに帯状に展開する標高200~300mの丘陵のうち大澄山、浅間岳等が主体となっています。尾根は円形になっており、下からはこんもりした森のようにみえ、尾根からは関東平野を一望することができます。」
(https://www.kankyo.metro.tokyo.jp/nature/natural_environment/park/introduction.html)
この丘陵は大部分が多摩川右岸のあきる野市の旧草花村のあたりにあるようで、なぜ「羽村」という名前がついているのか、理由が良く分かりませんが、羽村には玉川上水の取水堰があり、東京に育つと、社会科などで必ず習う良く知られた場所なので、どの辺りかが分かりやすいように付いているのかも知れません。
 
昨日、12月3日(金)は、前から移動運用の行き先の候補にしていた、この自然公園の中の河川敷の公園に行ってきました。
実際に無線をしたのは、左岸側の多摩川河川敷を利用して作られた、「福生かに坂公園」という公園です。
現地の様子が事前にはあまり良く分からないので、公園の片隅へ機材一式を運んで設営することもできるように準備していきましたが、到着後にしばらく歩きまわり、様子を調べて、平日で駐車場が空いているので、駐車場で運用することにしました。
到着したのが11時になってしまい、7メガ用のバーチカルを屋根に立てて、運用を始めたのは11時45分ごろでした。12時を過ぎてもまだ10局でしたが、あまり天気が良いので、丘のほうに行ってみることにしました。もよりの永田橋で多摩川を渡り、大澄山という標高193mの丘に登りました。登山口まで20分、そこから登り5分ほどで頂上に到着しました。
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頂上からはかに坂公園が木の陰になっていたので、これは途中から東の福生市方面をみた写真です。中央の芝生がかに坂公園、駐車場はその背後の木立の中にあります。
Fussa Kanisaka Park seen from near Mt. Osumi.
 
頂上には東屋があり、誰も来なくて独り占めで持参のサンドイッチを食べました。
ここから北へ進み、浅間岳という丘へ行くのが定番のハイキングコースのようですが、こちらはもと来た道を戻り、駐車場に着いたのは13時半でした。
先日来実験している18メガサイズのDJ4VMループを立てましたが、作業に1時間ほどかかってしまい、CQを出したのは14時30分過ぎでした。
Img_1694s
                     DJ4VM loop for the band mounted on top of my automobile.
 
10分後くらいにUA0ABB局からコールがあり、交信しました。その後は、残念ながら、空振りCQばかり、14メガに行ったり、また18メガに戻ったりで、14でUA0と9Aを呼んで交信し、18でJAの2局から呼ばれて交信しただけの、残念な結果で、予定の1630Jで運用を終わりました。
The band condition on the HF higher bands appeared unfavorable yesterday, December 2, and I could log only 3 oversea stations
Img_1700s
アンテナの構造が分かる写真です。
先日の家での実験で、梯子フィーダーが短いと思われたので、長いもの(約5m、ループ頂点から7.9m)に替えたのですが、それでもまだ短すぎたようで、フィーダー末端でのSWR最良点は、18.3MHz, インピーダンスは85Ωでした。
昨日は、IC-7100とアイコムのATU、AH-4を使ったところ、18メガはもちろんのこと、14, 10, 7, 21の各バンドでチューニングが取れました。これは、昨日の収穫でした。
ヤエスのFC-40とFT-450もテストのために持っていたのですが、面倒くさくなり、テストはしませんでした。18.1MHzでは、SWRが2.2ぐらいでしたが、少なくとも18メガならFC-40が使えるのではないかと思います。
 
同調周波数が高いことの原因としては、ループの上側エレメントがかなり垂れ下がっていることと、給電用の梯子フィーダーを引き下ろす角度が鋭角で、アンテナと近づきすぎていることを疑っています。
この状態では樹木の影響も考えられるので、もっと広いところで実験をしたいところです。
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公園からは北西の方角に奥多摩の山並みが良く見えていました。
 
大澄山の南側、草花地区の自然公園区域内と思われるところにアマチュア無線用のアンテナが立っていました。
 
 

2016年12月 1日 (木)

山手線の中へ Visit to the Inner Tokyo

リタイヤ生活で、東京に住んでいても、山手線の中へ行くことは少なくなってきました。山手線の駅から徒歩圏内の場所を除くと、2週間以上行っていませんでしたが、28日(月)は久しぶりに渋谷と虎ノ門へ行きました。
 
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虎ノ門の高層ビルの最上階からの眺めです。
View from the highest floor of a highrise building at Toranomon, Tokyo.
筑波山が良く見えていましたが、上の写真では小さくて見にくいので、もう一枚載せます。
筑波山が裾のあたりまではっきり見えるのは、年にほんの数回とのことでした。
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中央に筑波山が見えています。(約70km遠方)
Mt. Tsukuba, 70km away, was visible at the center.
 
続いて30日(水)にも赤坂見附-青山一丁目へ行きました。
Dsc_0098st神宮外苑の絵画館前の銀杏並木には、平日なのにかなりの見物人がいました。
Ginko trees in the Jingu Gaien Park.
The JR Yamate (or Yamanote) Line is a circular railway line in Tokyo, and we tend to conceive the area inside of it as the “inner” area of Tokyo. As a retired person, I visit there less often than before. I went there after a blank period of more than two weeks on Monday, November 28.
 

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