2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 50MHzバンド用HB9CVアンテナ組み立て HB9CV for 6m | トップページ | 東京都立多摩丘陵自然公園移動運用 Portable JAFF-0196 »

2016年11月 7日 (月)

練馬区・杉並区の西部 Western End of Nerima-ku and Suginami-ku

10月30日(日)のウォーキングでは、西東京市の田無駅から同市内と練馬区、杉並区の西の端の方を通って、上石神井駅まで歩きました。
ただ、イベントのコースをたどりながら右に左にと歩いていると、行政区域ではどこを通っているのかは、今一つはっきり分かりません。
帰りの電車の中や帰宅後に、ネットを利用のウィキペディアや手持ちの地図などとにらめっこして復習してみました。
せっかく調べたので、自分用の覚えとして、主なところを書いておくことにしました。見に来られた方にはほとんど役に立たない記事かと思いますので、スルーしてください。
 
ウォーキングのタイトルが「川沿い・池の畔・パワースポットを歩こう!」だったことは紹介しました。田無駅からスタートして青梅街道をしばらく歩き、3分の1くらい行ったところの東伏見交差点付近から、石神井川沿いの道となりました。
Rimg0109s
左岸を下流方向へ歩きましたが、写真は東伏見駅に近いあたりで、上流方向を振り返ってみたところです。
石神井川は、北東へ流れて三宝寺池・石神井池の南を流れ、王子付近を過ぎて荒川へ流入します。ずっと練馬区を流れて、東の板橋区へ入ります。石神井村を通ることから川の名前になったようですが、石神井池あたりを中心に、石神井はかなり主要な地名で、地理院の1万分の1地図の図幅名も、「田無」と「練馬」の間は「石神井」です。
西武新宿線に上石神井駅があり、コースの終点でしたが、西武池袋線には石神井公園駅があります。河道は西武新宿線と交差した後、北東へ向かっているので、町名の下石神井は線路から離れています。
コースは、武蔵関公園に入り、富士見池のほとりを歩きましたが、ちょうどこの公園が練馬区の西南の端になっています。もっとも、富士見池という名前は、行政界の西の伏見と関係があるのかも知れません。この辺りの町名は関町です。その由来ははっきりしないようですが、富士見池付近にかつて堰があったことからという説もあるようです。
関町も町名としては北、東、南とかなり広い範囲にわたっています。青梅街道に戻って、しばらく東へ行き、関町交番交差点から南に向かいました。300mくらい行って、千川上水の緑道を横切りました。
ここから練馬区立野町(たてのちょう)に入りました。立野町は、逆三角形の形をしていて、西南の武蔵野市、東の杉並区の間に楔形に入っています。
 
そこから東へ進んで、杉並区に入り、善福寺池の西側を歩きました。
この池から流れ出す善福寺川は、神田川の支流で、旧江戸城外堀となり、現在はお茶の水、秋葉原を通って隅田川に注いでいます。
この辺りでは、善福寺川と石神井川はそんなに離れていないのですが、東南と東北の別の方向に向かい、荒川、隅田川への合流はかなり離れたところになっています。
杉並区の方は、善福寺川と縁が深く、また、その左岸側の台地上を通っている青梅街道が街並みに強く影響しています。「杉並」という区名も、青梅街道の杉並木から来ているそうです。
善福寺公園から東へ進み、井草八幡に寄りました。「井草」も広い範囲にわたる町名です。八幡神社は、今の町名が善福寺1丁目ですけれど、昔は神社の辺りも井草であったそうです。
 
コースの最後は上石神井駅と一駅東の上井草駅の間で西武線を北へ渡りましたが、その踏切の東隣の踏切は、千川上水沿いに作られた千川通りが斜めに西武線と交差するところで、南北の道路との交差点がまさに踏切になるので、車での行き来には難所になっています。この踏切の北側では、千川通りが練馬区と杉並区の境界になっています。玉川上水もそうですが、武蔵野台地上の上水は、流路に安定した勾配が得られるように、分水界付近、見えない尾根筋を通っているそうで、そういわれて見ると、ここが区の境界になっているのも肯けます。
 
西武新宿線に乘って西に向かうと、上井草、上石神井と「上」と「井」が共通で、どうも混線してどちらが先だか分からなくなってしまうのですが、実地に歩いたので、石神井は練馬、井草は杉並と、覚えることができそうです。
また、上井草駅と下井草駅の間に井荻駅があるのも分かりにくいのですけれど、一時、井荻村という村が置かれていて、これは井草と荻窪からできたものだったようです。また区制になった後、善福寺町のすぐ東南に井荻という町名があり、学校名にも使われているようです。
Rimg0123s 善福寺公園に内田秀五郎という人の立派な銅像があり、聞いたことが無いけれどどんな人だろうと思ったら、井荻村村長として、インフラの整備や中央線西荻窪駅の新設などの功績があった人だそうです。
 

« 50MHzバンド用HB9CVアンテナ組み立て HB9CV for 6m | トップページ | 東京都立多摩丘陵自然公園移動運用 Portable JAFF-0196 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/585446/64458615

この記事へのトラックバック一覧です: 練馬区・杉並区の西部 Western End of Nerima-ku and Suginami-ku:

« 50MHzバンド用HB9CVアンテナ組み立て HB9CV for 6m | トップページ | 東京都立多摩丘陵自然公園移動運用 Portable JAFF-0196 »