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2016年7月

2016年7月16日 (土)

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 "Anja the Liar Has Revealed Truth Finally"

ちょっと急に思い立って本を一冊読みました。米原万理著「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 、2001年、角川書店刊、です。
水曜日に久しぶりに会った従姉から故人の米原氏とその妹、井上ユリ氏(作家、故井上ひさし夫人)と面識があるとの話しを聞いたのですが、翌日の木曜日の昼のNHKTV番組「サラめし」が井上ひさしの好んだ昼飯を取り上げ、その中で井上ユリ氏が登場しました。この偶然に、ちょっと驚き、この際、米原万理の本も読んでみようと思い立って、近くの図書館で探してみました。4冊ほどあった中で、題から何のことだろうと中身を知りたくなって、この本を選んでみました。
読み始めたら面白くてやめられなくなり、木曜日の夕方から夜に2章を、昨日、金曜日の午後に最後の第3章を読み終わりました。
数ページを読むと分かりますが、1950年生まれだった著者は、父親が当時チェコスロバキア共和国の首都プラハにあった国際共産主義運動の理論誌の編集局に勤務していたため、1959年から1964年まで、小学校の中学年から中学の低学年までを、プラハのソビエト学校に通ってロシア語で教育を受けるという、当時の日本人としては稀有な体験をします。ソビエト連邦がなくなった今日では、歴史的に見ても貴重な体験だったといえます。
3つの章は、その学校で親しくなった3人の少女のことと、約30年後、(1995年か)に探偵顔負けの捜索の後に3人と再会を果たして、それぞれの辿った人生から舞台である中欧、東欧、ひいてはヨーロッパや東方の大国ロシアについて考えたことなどが書いてあります。
その過程で著者が直接足を運んだ土地は、プラハ、ドイツのフランクフルト近郊のナウハイム、ブルガリアのブカレスト、セルビアのベオグラードと、多岐にわたっています。
これは、本当にそうだったのか、疑う必要もないと思いますけれど、著者が学校で親しくなった友達には、ソ連人もチェコ人もおらず、ギリシャ人、ブルガリア人、当時のユーゴスラビア人だったようです。
ギリシャ人のリディアは医師となってドイツに住んでいました。
ルーマニア人のアーニャは、なかなか見つからず、ブカレストで両親や弟と会ってロンドンに住んでいることが分かり、プラハで再会を果たします。その過程で、両親はユダヤ系であったことが分かります。
ユーゴスラビアから来ていたヤミンスカは、親がボスニア出身であったために、その後の国の分裂、内戦という状況で、本人のベオグラードでの立場が危うくなり、落ち込んでいました。
ヨーロッパの複雑さが分かり、最近の英国のEU離脱という出来事も、もともとの西欧各国だけなら良いが、東に大きく拡大したEUとは付き合いきれないというような西の端の英国民の感情が根底にあるのかなと思いました。
この本に出てくる場所では、20年ほど前にプラハに行ったことがあります。そのときにブルガリアにも行き、10数年前に旧ユーゴスラビアのクロアチアに観光旅行に行きましたから、ある程度の予備知識もあって、納得しながら読みました。
Img_1130s               プラハのお土産に買ってきた(と思う)
               ボヘミアグラスのワインカップ
もう一つ、この本で新鮮に思ったのは、学校や父親の勤務の特殊性から、友だちの親がみな革命運動や反ファシスト闘争の闘士であったことです。戦史、戦記を読むのがが好きで 、昔の戦士の物語はずいぶん見ましたが、運動の闘士の物語というものもあることに気づかされました。 考えてみれば、日本でも幕末維新の人物伝などは似たようなものかも知れません。同じ闘士でも、権力を持つ側に立つようになった者と、ついにそうならずに運動家で終わった者の辿る道の違いにも考えさせられる本でした。
I finished reading "Anja the Liar Has Revealed Truth Finally" by Mari Yonehara, 2001, yesterday. She was a famous professional translator of Russian and Japanese and an essayist. She passed away about ten years ago. The book tells her personal experiences in the Soviet school in Prague when she was at the age of from about nine to fourteen, and her meetings with three of her old friends after almost thirty years. Those friends were from Greece, Romania and Yugoslavia, and were living in Germany, England and Servia respectively when the writer succeeded in locating them. I think it is a good book to know the complex nature of the peoples and states of Europe.
 

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2016年7月 2日 (土)

「群青-日本海軍の礎を築いた男」 "Gunjo"

先日、ある定期的に送ってくる小冊子を見ていたら、「群青-日本海軍の礎を築いた男」という書名が目に留まりました。近所の図書館で検索したら、蔵書にあったので、借りてきて読みました。
植松三十里(うえまつ みどり)著、2008年、文芸春秋社刊です。
幕末に幕府の長崎海軍伝習所で勝海舟とともに艦長候補として、オランダ人から教育を受け、江戸城開城のときには、海軍総裁の職にあった、矢田堀讃岐守(景蔵、維新後帰六、鴻と改名)を主人公とする歴史小説です。
前に、軍艦奉行木村摂津守を書いた本を取り上げたことがあると思いますが、一時期、土居良三著の幕末の幕府の開国に関連した努力を再評価した本を何冊か読んで、なるほどと思ったことがあったので、この本も読んでみたくなりました。
29日(水)に読み終わったので、30日(木)午後に出かけたついでに、地下鉄を途中下車し、矢田堀の墓があるという宗源寺に行ってみました。小さいお寺で、墓地は本堂の裏ではなく、前の道の向かい側、早稲田通りに面して建つマンションに囲まれていました。入り口に鍵がかかった引き戸があって、中には入れず、墓も海舟が題額を、木村が碑文を書いた石碑も見ることはできませんでした。
 
Img_1112_s_2
おそらく、奥の方の古い墓が並んでいる辺りにあるのではないかと推測しました。
さらに出るつもりだった夜の会合まで時間があったので、日比谷図書館で、矢田堀のことがかなり詳しく載っている唯一の書籍という「回天艦長 甲賀源吾伝」石橋絢彦著、昭和7年、甲賀宜政(宜はワかんむり)発行を拾い読みしました。
矢田堀の年譜や石碑の文が載っていました。
矢田堀は、幕末の動乱のときに、いわば紙一重で、大きな出来事に名を残すことがなく、明治以降も、新政府に出仕するも、その能力にしては不遇だったようです。
そのことが、単なる運、巡り合わせだったのか、本人がどちらかというと、学者、教育者タイプで、乱世の修羅場で切った張ったをするタイプでなく、そのためにチャンスを逃したのか、この本だけでは分かりませんでした。
幕末でも、伝習所が始まったころは、旗本、御家人、与力、同心などの身分制も厳然としてあり、矢田堀はその中では昌平黌に学んだ秀才だったそうですが、海舟のような乱世に向いたタイプに比べ、生きたた時期が合っていなかったのかも知れません。
どちらかというと、ノンフィクションが好きで、おそらく創作である家族とのドラマや登場人物の会話などには、正直なところあまりなじめなかったのですが、題名、序章、結章と良く考えられていて、考えさせられるものがありました。
なお、ネットを見ていたら、著者本人のブログに、出版された8年前に、本人が詳しい執筆記を書いていて、まだ見ることができました。
矢田堀について手っ取り早くもっと知りたい方は、そのブログやネットの情報を見てください。
Read a book titled "Gunjo - The Man Who Built the Basis of Japanese Navy", by Midori Uematsu last week. The book is on the life of Keizo Yatabori, who was the commander of the Tycoon's navy just before the Meiji Restoration.
おまけです。早稲田通りにあった「エスペラント会館」の屋上にビームアンテナが載っていました。
Img_1107s
 

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