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2016年5月

2016年5月26日 (木)

☆カシューナッツの世界☆ "The World of Cashew Nuts"

ナッツは好きなほうで、毎日の朝食は定番の牛乳とパン、キウイ、バナナにアーモンド、カシューナッツか胡桃を食べることが多いです。もっともこの2月ほどは、我が家の隊長が何を思ったか、卵と野菜をいためたものも作ってくれます。
 
10日ほど前に通りを歩いていたら、区の掲示板に22日(日)の12時から「カシューナッツの世界」という1,000円で軽食・飲み物付きのイベントのポスターが貼ってあるのが目にとまりました。「トーク: 奥谷京子 CWA(Community Works for Asia) アドバイザー」とあって、にこやかな女性の写真が付いていました。
場所は @Lampada II とあり、この辺りでは誰でも知っているA五差路交差点の近くのようでした。この日は家の留守番で予定もなかったので、店に行って申し込んできました。もっとも、案内図を頼りに探しても、それらしい店がないので、向かい側のLampada という照明器具店に行って聞いたら、会場の店は金土日と週に3日しか開けていないのだそうで、そこで申し込みました。
植物の知識、カンボジアでの栽培事業の話はたいへん興味深く、日ごろ気楽にポロポリ食べているカシューナッツのことがだいぶん分かってきました。
軽食にはあまり期待していなかったのですが、スープ、パン、サラダの後に、メインとして「緑茶入りレモングラスティーのエスニックご飯」というカシューナッツとピスタチオを入れた炊き込みご飯が出て、お腹もいっぱいになりました。
事業に携わっているNGOのことなども後からネットで見て、あまり知らなかった世界のことが少し分かってきました。
会場だった週末だけ開けているというカフェ兼スパイス等販売店の店内です。照明器具屋さんの第二店舗なので、風変りな照明器具が使われています。
Lampada2_s
カシューナッツの木はブラジル原産で、会場の天井くらいの高さになり、「カシューアップル」という果実を付け、その果実の外側先端に一つだけ勾玉の形をした種がぶら下がるそうです。人手で収穫するしか方法はないそうです。
食べるナッツは硬い殻の中に入っていて、普通に叩いたりしても割れず、割るためのノウハウは大航海時代から扱っていたインドが持っているそうですが、講師が携わっている「第3世界ショップ」では、足踏み式のカッターとさらに内側の薄皮を剥くためのオーブン(電気がない村でやるので、ソーラー発電の電気によって加熱)を開発、製作して使っているそうです。
カシューナッツの木はウルシ科で、殻を割ったときに飛び散る樹液などが身体につくとかぶれることがあり、暑いカンボジアでも白衣、マスク、手袋などしてしないといけないそうです。
講師の関わる事業は、開発途上国、第三世界の人々に現金収入の機会を与え、定時の労働を覚えてもらうなど、国際協力も兼ねているということですが、NPO、ノンプロフィットではなくNGOであるということで、事業としても成り立つことを目指して、インドネシアなど他の国でもプロジェクトをしているそうです。
門外漢には、協力と営利とのバランスをどのようにとっているのだろうかと、余計なことが心配になりますが、奥谷さんのように大きな組織には属さずに、持続可能で環境に良い開発などを目指して活動する若い年齢層の人たちが増えているようなのは、将来のための明るい動向かと思いました。

2016年5月24日 (火)

「Webノート」活用による場所特定 Trial Use of "Web Note"

WWFFプログラムによる自然公園内からの無線の移動運用の事後処理として必要な運用地の特定と証拠資料の準備を負担と感じられる方もあるようです。
先日、Windows 10 にアップグレードし、ブラウザーも主に新しい「エッジ」を使っていますが、別段便利とは感じていませんでした。「Webノート」という、表示中のウェブページにマークしたり、コメントを付けたりできる機能が加わったと知っていましたが、特に必要がなく、今まで使っていませんでした。昨日、ふと思い付いて、地図上の特定のポイントを示すのに使うことを試してみました。
土曜日に歩いたときに運用適地ではないかと思った「比良の丘」の位置を埼玉県立狭山自然公園の地図の上に示してみました。
はじめは「ペン」で○を付けてみましたが、「コメント」を使うと、コメントしたい場所にマークが付き、それをクリックすると文字枠が出て、そこに名前などが書き込めます。○を付ける必要もないので、マークだけにしてみました。
Sayama_saitama_pnp_1_s
下は、Webノート上で、マークをクリックし、コメントを表示させた状態です。
Sayama_saitama_pnp_2_s
WWFFの移動運用の場合は、ここにコールサイン、レファレンス・ナンバーなどを記入すれば良さそうです。(比良の丘は、記事に書いたように区域外ですが、運用地は当然、区域内でなければなりません。)
Windows 10 の新機能で、スクリーン・ショットも "Fn"+"PrtScr" キーでイメージファイルがワンドライブの画像フォルダーに保存されるので、ペイントなどを開く必要がなくなり、簡単になりました。
 
なお、使った公園区域図は、WDPA、世界保護区域データベースのものですが、埼玉県の自然公園のサイトでもpdfフィルで地図が出ますので、同様にマークができるはずです。
JAFF移動運用を計画中のみなさんのご参考になれば幸いです。
 

2016年5月22日 (日)

埼玉県立狭山自然公園再訪 Second Visit to the Sayama Natural Park, Saitama

昨日、5月21日(土)は、また鉄道沿線ウォーキングで、1月ほど前に行った埼玉県立狭山自然公園に行きました。昨日のコースは西武池袋線の小手指駅から西武球場駅までで、出発とゴールは一昨年の連休の最後の5月6日(火)と同じでした。ゴールすると、西武球場の野球の試合の入場券をもらえることも、一昨年と同じでした。
 
ただ、一昨年は、狭山湖(山口貯水池)の近くに来てから堰堤の下手をかなり大回りするコースでしたが、昨日は、「クロスケの家」、早稲田大学まではほぼ同じ、それからさらに西へ行って、入間市との市境あたりから狭山湖の周回道路に入るコースでした。
また、県立自然公園の境界線や標識に気を付けながら歩いたのですが、先月とは違い、2つほど看板がありましたけれど、相当に古びたもので、いずれも周回道路沿いにありました。
Img_0974s
 
Img_0975s
 
一昨年は天気があまり良くなくて、遠くの景色が見えなかったのですが、昨日は晴れていて、狭山湖の向うに多摩の山並みが見えていました。
Img_0984s
          左の高い山が大岳山(1,266m)、右の小さく尖った山が御嶽山(929m)、二つの間の遠方に見えているのが御前山(1,405m)です。大岳山と御前山は、SOTAナンバーがあり、すでに何回かアクティベーションがあって、御前山移動局とは交信もしました。
狭山湖、多摩湖周辺の良いところは、貯水池を囲む丘陵が稜線まですべて水道用地で自然のままに残されており、堰堤からは人工物が何も見えないことです。(1枚目の写真の看板は、フェンスで囲まれた水道用地の中にありました。2枚目のものは、貯水池とは反対側に立っていて、フェンスはありません。)
昨日のコースの延長は11kmで、休憩も入れて4時間ほどかかりました。
 
疲れたためか、途中で休憩してカメラを置き忘れるという大失敗をしてしまいました。7割ほど歩いたところで、周回道路沿いのお地蔵さんのところに腰かけて休んだのですが、また出発して5分ほど歩いたところで、鳥がたくさん鳴いていて、カメラのボイスレコーダーで録音をしてみようかと思ったら、カメラがありません。急いで取って返して半分ほど歩いたら、向うから、休んだところで見かけた少し年長くらいの男性が、当方のカメラらしいものを下げて歩いてくるのに気が付きました。主催者に届けようと持ってきたということで、その場で返していただいて、事なきをえました。
 
野球もソフトバンク・ホークスが相手のなかなかの好試合で、5回で帰りましたが、中学生とは違うプロ野球の試合を楽しむことができました。
コースは、出発から5kmくらいのところにある金仙寺というお寺のあたりから、狭山湖の周りの尾根の北隣にある枝尾根に登っていて、お寺から1kmくらいのところに比良の丘という高台で平らな草地の休憩ポイントがありました。道沿いで、無線の移動運用に良さそうだと、何枚か写真も撮ったのですけれど、持参して行った公園区域図を良く見ると、この道が境界線になっていて、道の北側の草地は残念かがら区域外のようです。
歩いたコースの途中では、それ以外にはあまり良さそうなポイントは見つかりませんでした。

2016年5月19日 (木)

珍しいアンテナ「MUアンテナ」 "MU" Antenna Devised by JA1COR

先日、久しぶりに青梅市のJA1COR局のブログ「ラジオ少年は半世紀越えるも、脳内そのまんま」を読んだところ、珍しいアンテナを製作されて使っておられ、レポートが載っていました。
今年の1月17日〜18日の降雪で、3エレクワッドのエレメントに雪が付き、重さでスプレッダーが折れて壊れてしまったため、代わりのアンテナとして、作られたようです。
3月29日の記事に構造などが載っています。
 
その後、3月30日、4月7日、同21日にも関連の記事があります。
「MU」というネーミングの由来をお尋ねしたところ、水平面の形状からそうのように呼んでみたとのことでした。ラジエーターがアルファベットのM、リフレクターが幅の広いUの形をしています。
基本的にはワイヤーの2エレメント八木アンテナで、ヘックス・ビームのようにスプレッダーをオチョコになった傘のようにしならせて広げ、14、18、21、28、50メガの5バンド用になっていますが、スプレッダーは6本ではなく、4本です。
ヘックス・ビームの変形と考えられますが、また、スプレッダーで長方形を作り、ベントした2エレメントで使う水平型モクソン・アンテナを、正方形にして、ラジエーターをM字型にしたとも考えられるでしょう。
もう一つの特長は、タワー上での作業をなるべく少なくし、アンテナをエレベーターで上げ下げできるように、ローテーター上のマストから2本の腕を出し、アンテナの中心のマストを0.5m離して支持しています。ラジエーターのM字のへこみがタワーと正対する位置であれば、そのまま下げられるわけです。
また、インピーダンス・マッチングは給電点にATUを入れることで対処されています。
スプレッダーが直交する4本だと、構造が単純で、移動にも使えそうで、興味を持ちました。ただ、ATUを高い位置に持ちあげるのはややたいへんなので、マッチングの問題が残ります。
 
A new type two element bent wire Yagi beam for HF-VHF five bands supported by four spreadders was made by JA1COR at Ome City, Tokyo in March replacing a cubical quad antenna damaged by snow in January.

2016年5月16日 (月)

野球観戦 Baseball Game

先週の火曜日に出身中学の学年同級生への一斉メールで、野球部のOBであった同級生N君から「皆さまへ」とメールがきました。
「中学の野球部が今年の春季大会で・・・今週末15日から開催される都大会の代表32校に勝ち上がりました。・・・お近くの方、応援をお願いします。都大会進出は、18年ぶりの快挙となります。」とありました。
会場は西隣の区のスポーツセンターで、開始は午後2時30分とのことでした。
 
野球の試合はそれほど見たくもありませんが、季節も良いし、電車では6つ目ですけれど、自転車で行けるところなので、午後のサイクリングで出かけてみました。
1時半に出たところ、2時10分くらいに到着しました。4面の野球場とテニスコート数面が全部地上2階の高さにできていて、1階・地階はプール、体育館になっていました。
野球場は、北東の角がA面で、時計回りにB、C、Dとなっていて、自転車で着いて階段を上がったところは北西の隅のD面の近くでした。
どこが目当ての試合会場がどれなのか分からないし、聞くようなところも見当たらないので、反時計回りに歩いて行くと、いい塩梅にN君と出会いました。N君は、B面のはずだと、そちらを見て、それらしいのがいないので、時計回りにまわってきたのだそうです。
最近、日時、場所を間違えて出かけるというチョンボをして、少し自信をなくしているそうで、こちらに会って一安心はしたようですが、メールに書き間違えた可能性もあるので、まだやや不安そうでした。A面の下が正面玄関なので、そこの受け付けでききましたが、そこはプールの担当で、試合のことはD面の近くにある主催者の本部で聞くようにいわれ、また戻って、やはりB面であることが分かりました。
N君は昔のユニフォームの野球帽をかぶっていて、これを見てOBと分からないのは、もぐりの卒業生だと鼻息は荒いのですが、結局、顔見知りの卒業生は、我々と同学年の野球部OBのY君が奥さん連れできていたくらいでした。後で、ユニフォームも大昔とは違うグレーにストライプのものに変わり、胸の校名も、長い正式名称から抜き出した部分が昔と違っているのです。N君の野球帽では、色ばかりでなく、頭文字も違っていて、分かる人がいないのも当然でした。
同じB面の前の試合は、我が区の代表の私立大学附属校と我が家から5~6km北西のあたりの中学の対戦でしたが、1対1の接戦で、長引いていて、母校の試合開始予定時間のころに1回の延長戦が終わって、タイブレークのノーアウト満塁からの裏表をやっていました。後攻の我が区代表は、表に4点をとられてしまい、裏に2点を返したものの、あえなく敗れてしまいました。私立で、区立の相手校に比べて体格などは勝っているようでしたけれど、時の運に恵まれなかったようです。
 
前の試合が終わってから、グランド整備、7分間づつの練習、もう一度ライン引きなどで、結局、母校の試合開始は3時30分でした。Y君夫妻は所用ありということで、もう帰っていました。
Img_0927s
          試合開始前の練習の様子。
写真の右端に遠くのD面のバックネット付近が少し見えています。
外野手どうしが背中合わせに近くに守っていることになっていて、もし頭上や間を抜かれたら、ボールは転々と遠くまで行ってしまいそうでした。軟式なのであまり飛ばないからホームランはそれほど出ないのかなと、N君に聞くと、いやときどきホームランが出るとのことでした。
そんな話が神様に聞こえたのか、先攻の我らが母校は、1回に4番バッターがレフトオーバーのホームランを放ち、2対0とリードします。
ところが、裏になったら、なんたることか、小金井市から来た相手校のトップバッターにホームランを打たれてしまいました。その後も、ヒットなどが続いてなかなかアウトがとれません。4点をとられてしまい、やっとのことでチェンジという感じでした。
2回表は1点を返し、なお反撃のチャンスが続きましたが、それ以上は点が入りませんでした。裏をなんとか0点に抑えたところで、N君と分かれて帰ることにしました。
大荒れの大量点とりあいゲームになると思ったのですが、夜にネットで結果を見たら、4対3の敗戦で、あの後は点が入らなかったようです。
ただでさえ、立ち上がりが大事といわれるのに、予定の開始時間が1時間遅れてしまって、1回は、どちらも普段の力が出せなかったのかも知れません。
取られた点も、ホームランはともかく、N君によれば、その後は、当たり損ないがアンラッキーにヒットになったとのことです。まあ良くやったとほめておきましょう。
前の試合の観戦中に、同じベンチの反対の端のほうに、昔の勤め先の同じ課で1年ほど一緒に過ごした人とそっくりな人が座っていました。ちょっと会釈してみましたが、反応がなく、人違いにしても良く似た人がいるものだと思っていました。
試合と試合の間の合間に立ちあがって席を変えようとしていたら、先方も、正面から顔を合わせて、気が付き、挨拶をしました。息子さんが中学2年生なのだそうです。当方より10才弱若いだけですが、結婚が遅かったので、このような巡り合わせになったようです。詳しくは話さず、息子さんが後輩になったのかと思っていたら、今朝、OB会の名簿を見たら、住所が小金井市なので、相手校のほうの生徒だったようです。
我が家では、次男が中学のときに野球をしていて、20年近く前だか、連れ合いと2人で応援に行ったことが、夕食時の話題になりました。弱小チームの下位バッターで、ピッチャーゴロしか打てないという厳しい現実でした。それに比べれば、区の大会で代表になり、ブロックの大会で2回くらい勝って、昨日の都大会まで出るということは、たいへんな成績で、出られた選手は、エリートグループの一員なのでしょう。
 
 

2016年5月14日 (土)

ウィンドウズ10無償アップグレード Windows 10 Free Upgrade

現在使用中のパソコンは、一昨年の春にウィンドウズXPのサポート終了ぎりぎりで購入したもので、OSはウィンドウズ8.1でした。
使っていると、先般からしきりと無償アップグレードを促す画面が出るようになり、早くやらないといけないと思っていましたが、準備などが良く分からず、二の足を踏んでいました。
先日、ローカルの無線仲間から、データ、ソフトなどはそのまま使えるということを聞き、それなら、念のためいちおう大事なファイルはバックアップを取った上、4月27日にアップグレードをやってみました。
 
その日の午後は予定がなかったので、午後1時半ごろにはじめたのですが、案に相違して、出かけなければならなくなってしまい、オンにしたままのPCの前に戻ったのは4時間以上後になってしまいました。
最終的には、夜の10時ごろになって、なんとか無事アップグレードができたのですが、途中では、失敗したかと思って青くなりました。
PCの前に戻ると、「次へ」をクリックする画面だったのですが、クリックしても何も反応しないのです。
長時間前を離れていたためにフリーズしたと思いこみ、サポートの電話を調べましたが、夜間はやっていないようでした。またネット検索で類似の例を探しましたが、見当たりませんでした。
苦し紛れにキーボードを使ったり、マウスの反対側をクリックしたりしたら、なんとか反応して先へ進むことができました。
どうも、パソコンの前を離れたことは関係がなく、マウスを左手操作に設定していたのをそのままにして、アップグレードをしたのですが、OSインストール時の操作は右手操作を前提になっているようです。
アップグレード後は、また左手操作になっていました。
 
数日はそのまま順調に使えていましたが、今度は、ウィンドウズ10のスタート・メニューが出なくなりました。
どうしてそうなったのか、良く分かりませんが、SDカードをはずすときに、インジケーターのメニューで外すをクリックするのを、間違えて、関係のないアイコンをクリックして、不用なソフトを起動したためかも知れません。
デスクトップ画面とメニューバーは使えるので、だいたいは良いのですが、メモ帳、ワード、エクセルなどのプログラムの起動を「おすすめメニュー」の「ソフトを探す」からすることになって、不便だし、気分的にも落ち着きません。
連休も明けて、質問などが減っているのではないかと思われた10日(火)にサポートに電話をしてみました。ずい分とあれこれナンバーを入力したりした挙句、結局は "wuinfo@microsoft.com" 宛てに空のメールを送ってください、ということで、電話でのサポートは受けられませんでした。
このメールへの返信でも3つのURLでFAQなどが読めたり、コミュニティーに参加して質問してくださいというもので、直接に回答をしてくれるようなところは見当たりませんでした。
対策候補としては、長いコマンドを入力してOSに命令を発するものがありましたが、ちょっと怖くて気が進みません。
ほかに、セーフモードで起動する、具体的にはシフトキーを押しながら再起動する、というのがあったので、それをやってみました。しばらく更新をしているようでしたが、それが終わると、幸いにスタートメニューが復活しました。
 
20160511s
マイクロソフトが電話やメールでの直接サポートをしないのは、コスト節約のためでしょうけれど、PCでうるさいぐらいアップグレードを促してくる割には、不親切のように感じました。

2016年5月 8日 (日)

東大和市駅から小川駅へウォーキング Walking along Tamagawajosui, Nobidomeyosui etc.

東大和という地名がどうしてできたのか、ネットで調べると、明治から大正前期までは、芋窪、蔵敷、高木、奈良橋、清水、宅部、後ヶ谷という村々であったようです。大正8年(1919年)に合併し、大和村と名付けたことが始まりのようで、それほど古いものではありません。村山貯水池が市域の北縁にあり、西の武蔵村山市、東の東村山市に挟まれています。旧青梅街道が今の西武拝島線東大和市駅のあたりで北西に方向を変え、狭山丘陵の南麓を通っていたので、これに沿う武蔵野台地上の村々が、東京西部の住宅地、工業地帯として発展してきたのでしょう。
昨日、5月7日(土)は、また鉄道沿線ウォーキングに参加しました。上の東大和市駅からの出発ですが、コースは西武線の南側で、東大和市ではなく、立川市域の隅を通り、大部分は小平市の中を通っていました。
駅の1kmほど西で玉川上水沿いの遊歩道に入り、それから東、下流方向へ進んで、途中から上水の小川分水の水路に沿う立川通りを北東に進みました。青梅街道がまだ東西に通じている辺りで、けやき通りという道を北へ向かい、野火止用水沿いの緑道を北東に進みました。
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          野火止用水沿いの緑地を進む我が家の隊長。 Along Nobidomeyosui.
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          用水沿いに咲くエゴノキの花。木によって咲き具合は様々でした。
          Styrax japonica.
 
西武多摩湖線の八坂駅近くから府中街道を南へ向かって、西武拝島線と国分寺線が合流している小川駅がゴールでした。今回は7kmほどであまり長くなく、これという神社仏閣もないので、休憩1回で2時間ほどで到着しました。
天気が良く、緑も多くて気持ち良いウォーキングでした。上水や用水は、起伏のない台地の高みに沿って作られているので、コースにもまったくアップダウンがありませんでした。我が家の隊長には、これではちょっと物足りなかったと見え、今日も高麗のほうのコースへ出かけていきましたが、当方はお留守番です。

2016年5月 6日 (金)

石神井公園駅からとしまえんへウォーキング Walking from Shakujii Park to Toshimaen

昨日、5月5日(木)は、久しぶりに鉄道沿線ウォーキングのイベントに参加して、我が家の隊長と約10kmのコースを歩きました。快晴のアウトドア日和でしたが、かなり暑くなり、腰に少し違和感があったこともあって、豊島園駅に着いたときにはホッとしました。
終わってから地図を見ると、なんのことはない、石神井池から、すぐ傍を流れている石神井川を3駅分ほど下へ行っただけなのですが、コースはまず駅から南へ向かって石神井池の南側に沿って三宝寺池との間まで西へ進み、そこから大きく北へ遠回りをして、ときどき車で通っている関越自動車道の練馬インター付近を通り、光が丘公園を横断してとしまえん(豊島園)に来るので、歩きでがありました。
案内パンフレットでは7kmだったのが、スタートのところで、係の人に今日はコースが長くなりましたといわれました。石神井池をまわる分くらいが伸びたのかも知れません。
しかも、都合でスタートが締め切りの午前11時の20分ほど前になって、参加者がまばらになっていて、普通はコースを気にすることなく、前の人に付いて行けばよいのが、案内図を見ながら進まなければなりませんでした。細かいところの分かれ道などがあまり見やすくなく、途中で2回も道を間違えてしまいました。配られる地図にはコース沿いの目印などは載っていますが、それ以外は道路以外ほとんど記載がなく、コースをはずれてしまうと、現在地が良く分かりませんでした。やはり、区分地図か地形図を持っていくべきでした。
Img_0876s          石神井池 Shakujii Pond, Nerima-ku, Tokyo
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          ゴール近くの春日神社 Kasuga Shrine, Kasugacho, Nerima-ku
Img_0898s
          ゴール間近、としまえん内の石神井川 Shakujii River
Img_0889s
            おまけです。何も付いていないタワーが1本。
 

2016年5月 3日 (火)

"44"の意味 Meaning of "44"

先日、大昔の無線仲間で一昨年に一念発起して1級アマ資格をとり、山荘に新開局したJI1DKI局に、新しいJAFFホームページ暫定版のことを知らせたところ、WWFFの参加局が使う交信終了時の挨拶である"44"の意味についてのあるネット上のフォーラムでのやりとりがあったことを教えてくれました。
"Ham Radio Forum"というサイトでの2年ほど前のやりとりです。
なかなか面白いので、かいつまんで紹介してみます。
最初の質問者(イギリス人)は、調べたら "Answer promptly by wire. "、「すぐに返電せよ」という意味だが、これはアマ無線の交信では意味をなさないのでおかしい、と聞いています。
最初に答えたHB9ETR/G0IFL局は、これを補足して、1859年にアメリカの電報会社、ウェスターン・ユニオンが決めた92種類の数字コードの一部を紹介しています。現在でもアマチュア無線ではたいへんポピュラーな"73", "88" は、このときに決まったそうです。
相当に古いとは思っていましたが、明治維新よりも9年も前とは知りませんでした。
3人目のM0TBB局(イギリス)が、WWFFプログラム参加者によって使われていて、昔の数字コードとは関係がないとコメントし、これで一件落着なはずが、WWFFがまだ普及していないW、アメリカのハムから別のコメントがついています。
「英国ではない『植民地』のこちらでは、"44"は男同士の別れの挨拶です。"88"が身体を抱くようにするハグだとすれば、"44"は握手で、決して心のこもらない"88" (half-hearted 88) ではありません。」というのです。
また、別のアメリカ人から、そちらのファイナルをどうぞ、という意味だというコメントも付きました。
最後はまたWWFFプログラム参加者の挨拶で、交信ありがとう、アクティベーションの成功を祈る、というメッセージだということで終わっていますが、WWFFがアメリカでほとんど普及していないことを示しているようです。
最近、KFFのコーディネーターがN3GJ局からW3AAX局に替わり、ホームページが開設され、アワードを準備中のようです。
今後の動向に注目していきたいと思います。
記事と直接の関係はありませんが、近くの「お堂の公園」には川から台地上に上がる階段が8本あり、西側から数えて4本目、ほぼ中央付近の石段には、77場の44番目「二元衢」という名前がついています。石段は6つですが、その中では幅が広く、傾斜も比較的緩く、公園の中央にふさわしい階段ですので、番号もきりの良い「44」をもらっている可能性があります。
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「衢」という難しい字が使われていますけれど、四方に通じる広い道という意味だそうです。39段登ったところにほぼ平坦な道があり、そこから枝道がいくつか分かれますが、一番広いところへ進むと下から合計60段で上に到着です。

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