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2015年9月 1日 (火)

南魚沼 その3 六日町まち歩き

旅行3日目の30日(日)は、二人とも疲れ気味だし、お天気もあまり良くないので、ゆっくり宿からチェックアウトし、車は置いて、六日町の街を歩いてみることにしました。

Rimg0110s朝、宿から坂戸山(左)と金城山(右)を見たところです。(29日撮影。Photo by Maringo.)

駅まで12分くらいとのことだったので、国道17号に出て北へ歩き、駅前まで行ってみました。
日曜日の午前ということもあり、通る人も少なく、静かでした。
駅前広場の観光協会でパンフレットをもらい、隣にあるミニ美術館で棟方志功の版画などを鑑賞しました。駅前には図書館の新しい建物がありました。このように駅前に文化施設を配置するというのが、小規模都市の一つの行き方なのかも知れません。

街に立っている標識に、六日町は「坂戸城の城下町として、また三国街道と清水街道の分岐点の宿場町として栄えてきました。」とあったので、ガイドマップを見て、両街道の分岐点まで行ってみようと、現国道の1本東側にある旧道まで行くと、もう魚野川の橋まですぐでした。
架かっている六日町大橋のたもとに、昔の河岸の石垣が一部復元されていました。

Img_9959s石垣には昔の写真入りの説明板が付いています。
鉄道が開通する前は、この辺りまで、魚野川を下る川舟「こうりんぼう」の舟運があったそうです。六日町は陸路と川舟との乗り換え地点でもあったようです。上越国境の山々から水を集めて水量が豊かなので、可能だったのでしょう。
Img_9964s魚野川の清流。南の上流方面を見たところ。左に見えているのは坂戸山の南側の尾根。
おいしい魚沼こしひかりもこの川の水から生まれるのでしょう。
「魚野」は「魚沼」が変化したのか、無関係な名前とは思われません。

旧道に戻り、南へ進むと寺が3つ4つと、かなり広い境内をもつ八坂神社がありました。宿場の寺町だったのでしょう。
八坂神社から300メートルくらいで、追分に着きました。平成19年と書いてあるまだ新しい標柱が立っていて、「史跡 追分 右 三国街道 左 清水街道」と刻してありました。

Img_9983s街路灯の柱の右には水準点がありました。地理院の地図で見ると、標高164.2mです。

途中でパラパラと雨が降ってきましたが、たいしたことはありませんでした。

11時半ごろ車に戻り、関越道に入りました。赤城高原SAの前後で、雨が激しくなり、霧も出ましたが、平野まで下ると雨は止み、日曜にもかかわらず、スムースに走れて、午後4時過ぎに無事帰宅しました。

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