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2015年9月

2015年9月27日 (日)

SOTAチェイスなど Chasing SOTA QRV

今日、27日(日)は外出の予定がないので、朝から無線機とPCの前に座り、今まで一度も聞いたことがない、サミット・オン・ジ・エア、SOTA参加の移動局を探すというか、PCを頼りに待ち受けて見ました。

前日のアラート(アナウンス)で、JS1UEH局が茨城の鶏足山に移動とのインフォがありました。

21メガでリバース・ビーコンやSOTAWatch、SOTA Mapなどを見ながら待機していると、RBNにV73YL局のCQが出ました。急いでワッチすると、アップ1で交信しています。慶良間諸島国立公園からWWFFに参加されるJP3AYQ局なので、交信したいと思い、一昨日の夕方にしばらく呼びましたが、パイルが大きく、週末はだめだろうとあきらめていました。
今日は、見つけたのが早かったようで、まだパイルが小さく、3回くらい呼んでいると、プリフィックスでひっかかり、その後もやや難航しましたが、なんとか交信ができました。こちらの弱いシグナルに耳を澄ましたくださったYL OPのおかげかと思います。ありがとうございました。

JS1UEH局は、アラートの予定より1時間くらい遅れてSOTAWatchに18メガでセルフスポットがありましたが、こちらの21メガのアンテナでは聞こえません。30分ほど後に21メガでスポットがありましたが、残念ながらこれも聞こえませんでした。距離がだいぶんあるのと、間に筑波山があるので、当方の短縮HB9CVでは聞こえませんでした。

そのうちに、JJ1SWI局のJA/TK-006、奥多摩の御前山移動のアラートが見えたので、今度はアンテナを西に向け、21.062にダイアルを合わせて待ってみました。はじめは03UTCとのことでしたが、しばらくして、天候が悪く、04以降になるとのことで、昼食をしたり、先般新しく買ったIC-7100Mの電源コードに端子をハンダ付けしたりしていました。
何も聞こえてこないので、0450z過ぎにふとSOTAWatch を見ると、10分くらい前に21.0599、3分くらい前に21.0574にリバース・ビーコン経由のスポットがあります。21メガのリバース・ビーコンを見ていたつもりでしたが、WW RTTYが開催中で、非常に多数の局が上がるので、どんどん表示が流れ、見逃していたようです。
あわてて周波数を合わせて見ると、559でしっかり聞こえていました。すぐにコールして、SOTA移動局との初めての交信ができました。

しばらく使ったことがなかったので、もたもたしましたが、Jクラスターにも書き込むと、効果があったのかどうか分かりませんが、何局かは呼ぶ局がありました。JS1UEH/1に答えているのも聞こえましたが、午前と同じところなのかは分かりませんでした。

JAのSOTA移動局は、50メガやさらに上のバンドでのオンエアが多いようですが、国際プログラムなので、特に秋のシーズンは、HFでのオンエアが期待されます。
なお、SOTA News によると、W7からJAのSOTA移動局との初交信ができたそうです。データベースで見ると、8月中旬のJS1UEH/1とのもののようです。良かったですね。

国立公園、国定公園内からのオンエアも多いようですが、今のところ、WWFFにも参加しようという局はないようで、ちょっと残念です。MLでは、VK局から"44"と打たれたがなんだろう、という話題があり、VKでは公園移動と山移動を兼ねている局が多いので、"44"を使っているのではないかと、コメントしておきました。

今日は、朝にWの1局、夕方にはUA3の1局と交信ができて、秋らしく少しコンディションが良くなってきているようでした。

2015年9月21日 (月)

国立駅付近散策 Walking near the Kunitachi Station

「国立(くにたち)」という地名は、なんとなく不自然な感じがします。○川、○井、○山、○寺・・・などに比べると。意味が不明です。調べてみると、やはり、国分寺と立川の間にあるので、両方から一字をとって「国立」という駅と町の名前にしたのだそうです。もとは谷保(やぼ)村だったそうで、この名前は南武線の駅や天満宮の名前に残っています。

さて、昨日、20日(日)は我が家の隊長が11月の歩く会のコース下見に行くので、前半だけでいいから、お供するようにとのことでしたので、出かけてきました。JR中央線の国立駅北口からあたりをぐるりと回って、線路の南側に出、賑やかな商店街で昼食をとったところで、解散しました。

Img_0104s駅から5分ちょっとくらい東側の国分寺方向に行くと、国分寺崖線の斜面があり、10メートル弱と思いますが、のぼると一段上がった段丘面上に出ます。中央線でこの辺りは何度も通ったことがありますが、国立駅のちょっと手前で線路が掘割から出て高架になることには気が付きませんでした。
崖にはまだ緑が相当にあり、上の見晴らしの良さそうな家は、敷地も広く、高級住宅地になっていました。

少し北の方へ進んでからまた西に戻り、小公園になっているところから下って、しばらく進むと鉄道総合技術研究所のある一角に着きました。
研究所の正門の向かい側に新幹線のひかりの試験用の車両を保存して、車両内を展示などに活用した「新幹線資料館」がありました。研究所から地元の国分寺市に車両が寄贈され、市民センターの脇に置かれています。

Img_0112s山陽新幹線のために開発された車両だそうです。
この車両にちなんで、地名も「光町」になったのだそうです。
運転席にも座ることができますが、近くが見えないので、少し怖いような感じがしました。
Img_0121s展示品の中では、巨大な同軸ケーブルが目にとまりました。
説明によると、車両用ブチルゴム絶縁クロロプレン電線、6次車エチレンプロピレン電線、公称30,000ボルト、外径53.8φ、導体公称断面積100㎜sqWB8、60㎜sqWB8 とありました。
パンタグラフからの25,000ボルトの高圧電気を床下に引くのに使われるそうです。
電車は直流と思っていましたが、後で調べると新幹線は単相交流で、これを車両でまず直流、次に三相交流と2回変換し、モーターを回すのだそうです。

研究所の南側を西に進むと、敷地の西の境のあたりには引き込み線の線路跡地がありました。昔は試験研究用の車両を線路で出し入れしていたようです。

夕方帰宅した隊長によりますと、午前に歩いたところは階段や坂があるし、メンバーのご婦人方は、新幹線にはあまり興味なさそうとのことで、コースとしてはボツになるそうです。

中央線で中野駅に着くと、ちょうど秋祭りのお神輿が3つ集合して町内へ繰り出すところでしたので、写真をとり、ブロードウェイ商店街をしばらくついていきました。
Img_0135s手前の神輿の提灯や法被に「打越」とありますが、隊長が生まれ育った町です。

2015年9月20日 (日)

Chimpanzees at Mahale, Tanzania 野生チンパンジー学シンポジウム

The research of the monkey and the ape led by scholars mostly from the Kyoto University has been attracting many people by its importance to understand the mankind. I have been one of them and was impressed by several books written by the authors in the school.

A symposium titled “The Fifty Years of the Research of Wild Chimpanzees” was held yesterday in the Tokyo University, commemorating the fiftieth anniversary of the establishment of the field observation camp in the Mahale Mountains on the eastern coast of Lake Tanganyika in Tanzania. As it was open to the public with free admission, I attended in it, though I missed the first third of the session.

Img_0096s                    The Yayoi Auditorium, Tokyo University.

Img_0102s                    The inside of the auditorium during the intermission before the final discussion with President Juichi Yamagiwa, President of Kyoto University and the famous scholar on the Gorilla at right and Associate Professor Michio Nakamura of Kyoto University, the present leader of the chimpanzee field research.
It is regrettable that Ms. Nobuko Nakazawa, a doctoral student of the same university, whose presentation on her patient research of leopards was very intersting and appeared significant, was not seated yet. It was pointed out by President Yamagiwa that the danger from animals maight have had influence on the evolution of Homo sapience.

The Mahele National Park of Tanzania, WWFF 5HFF-0007, is one of the few national parks in a foreign country designated by the proposal and cooperation of Japan.

Mahale_nphttp://www.protectedplanet.net/7521
"Protected Planet" 

昨日は東大農学部のキャンパスで行われたいわゆるサル学の回顧シンポジウムに行ってきました。都合で前半が終盤にさしかかったころに着いたので、はじめは立ち見でしたが、前半で帰る人がかなりあり、後半は座って聴くことができました。
生物はずっと苦手ですが、日本のサル学の一般向け著作は、多くがフィールドワークの記録であり、エクスぺディションのロマンがあるので、かなりの数を読んでいました。そんなことで、シンポジウムを紹介する新聞記事が目にとまり、出かけてみました。
会場の展示で知りましたが、タンザニアのマハレ国立公園は、京大の研究グループが保護の必要性を訴え、JAICAのプロジェクトとして調査などの協力を行った結果、指定されたそうです。

 

2015年9月14日 (月)

穏やかな週末-江古田富士登山など Ekoda Fuji

豪雨など天災による被害のあった方々にお見舞い申し上げます。
相当以前に鬼怒川の河川敷に移動運用に行ったことがあったので、TVを心配しながら見ていました。石下とか水海道という地名を覚えていますが、合併で名前が変わって、いま一つピンときませんでした。

当方は幸い平穏で、12日、13日の週末は、自転車と徒歩で行ける近くに出かけた程度でした。

土曜日は、我が家の隊長からお誘いがあったので、再開発で整備された中野駅西方の一角にあるスペイン料理店「Madrid」で二人でランチをしました。当方は何回か行っていますが、早めに行ったので、時間がかかるパエリアをはじめて食べ、グラスワイン、デザートもオーダーしてゆっくりしました。 どちらかというと大衆的な周辺の街の性格から、価格帯が高めのこの店は、続いていくのかちょっと不安ですが、街の彩りとしては貴重な店かと思います。北側に新しい公園があり、立地条件は良いところです。

Img_0039s          店は中央の白いタープ、橙色のすぼめたパラソルのところです。
          Spanish restaurant "Madrid" at Nakano, Tokyo.
          http://www.madrid-tokyo.jp/

帰りは別行動でDIYショップと図書館に寄って帰りました。 途中の天神社の境内にはクヌギの実がたくさん落ちていました。

Img_0046s                    Acorns. Quercus acutissima, Sawtooth Oak.

無線のほうは、オーストラリアのVKFFのヤフー・グループで移動運用のアナウンスがあったVK4FFAB局がもしかして聞こえないかと、"parksnpeaks" の掲示板を見ながら21.044で待ち受けたりしてみましたが、もともと今回は7メガとのことで、捕まえることはできませんでした。
http://www.parksnpeaks.org/index.php

そんなことをしている合間に、YC1UUUとYF1AR/0が出ていたので、呼んで交信しました。
SOTA移動局も1回くらいは捕まえたいと思って、SOTA Map のスポットをときどき見ています。この日は奥多摩の臼杵山、SOTA JA/TK-012、から21メガCWでかなり長時間CQを出していた局があったようで、チャンスだったのですが、外出中で後の祭りでした。
VKの方に電波が届くのかどうか、リバース・ビーコンを見ながらCQを出して見ましたが、VKのスキマーには拾われず、埼玉県朝霞市の局からコールがあって交信しました。
夜は、いつもの28.350MHzでJR1BAL局と少しラグチューをしました。同局は遠方への旅行から帰ったばかりでお疲れ、こちらはTVで「グレートトラバース、200名山一筆書き」を見たかったので、15分ほどで、切り上げました。

この日の放送では、先日行った八海山や、SOTA山名リストの表記の関係でたまたま知った難読山名の朳差岳(えぶりさしだけ)JA/NI-019などが出てきて、興味深く見ました。それにしても超人的な体力で驚きます。
http://www.greattraverse.com/

日曜日は、午前中に北の方の江古田駅のそばの江古田浅間神社に行って、社殿の後ろにある江古田富士(江古田の富士塚)に初めて登りました。
元旦の初詣、7月初めの山開きと、秋の祭礼のときだけしか登れないので、今まで何度も散歩で通っても麓の鳥居から覗き見るだけでした。春に散歩で行ったときに、日取りを手帳に書き込んでおいたので、登ることができました。

Img_0053s            Miniature Mt. Fuji in the Ekoda Sengen Shrine, Nerima-ku.

富士塚はあちこちにありますが、ここのものは、積んである溶岩や道端の石碑、石像の数が多く、かなり手の込んだものでした。 富士講が盛んだった天保年間(一説には文化年間)に築かれたようで、19世紀になってからですから、それほど古いものではないようです。 国の重要無形文化財に指定されています。

無線は、21メガCWで松戸市のクラブ局と都内の東のほうの局の2交信しただけでした。

無線関係ではもう一つ、カザフスタンのUN3GX局から5月の日光国立公園移動のQSLのダイレクト請求があったので、土日に4・5月の移動運用のQSLカードの製作をし、同局への返信をすませ、残り200枚弱のカードは、今朝ビューロー宛て投函しました。
ダイレクト請求は、JAFFのためではなく、JCC-1506、日光市のためのものでした。日光市は局数はかなりあると思いますが、西が山地なので、案外難しいのかも知れません。WFF/WWFFはログサーチがあるので、カード請求はありませんが、前に伊勢志摩国立公園の菅島から運用したときには、IOTA AS-117のカードのダイレクト請求がありました。

2015年9月10日 (木)

世界自然保護区データベース WDPA, The World Database on Protected Areas

VK、オーストラリアのVKFFのヤフー・グループ掲示板を見ていたら、VK1DI局によって、世界中の自然保護区域を図示するサイトが紹介されていました。

http://www.protectedplanet.net/

さっそく行って見ました。
このページの性格は、次のように書かれています。

ProtectedPlanet.net is the online interface for the World Database on Protected Areas (WDPA), a join project of IUCN and UNEP, ・・・
国際自然保護連合、IUCN、International Union for Conservation of Nature と国連環境計画、UNEP、United Nations Environment Programme の共同プロジェクトとして、世界各国の自然保護区域のもっとも包括的なデータ・ベースを作成したとのことです。

とりあえずいくつかの場所を見てみました。
次のような点に気が付きました。

・拡大が可能で、自然保護区域のある範囲が分かりやすい。

・最初に現れる検索窓に公園名を入力して、希望の公園を選ぶと、境界線が橙色で表示される。

・画面上のクリックで地域名が表示される。

・図に現れた地域名をクリックすると、その区域の境界線が橙色となり、区域の種別などの詳しいデータが左に表示される。

・正確性は保証されていない。
先般歩いた越後三山只見国定公園の八海山部分を見てみたところでは、稜線付近にあるべき境界線が東側にだいぶんずれていました。スケールが表示されないので、当てずっぽうですが、300mくらいずれています。

Img_9910s写真は、八海山の6合目、女人堂からコギ池を見下ろしたところ。国定公園の境界線は、女人堂直下のあたりから稜線(厳密には旧町村界)の北東(右)側となり、右のピーク、池ノ峰まで続いている。池は区域外。

・ベースの地図は、等高線や河川の表示は詳細だが、山名や地物はほとんど出ない。

・都道府県の自然公園、自然保護区なども全部表示されるので、地域によってはまぎらわしい。

・地域のリストをダウンロードできる。

・外国の国立公園などの区域も簡便に見ることができる。

国内の国立公園、国定公園の区域を見るために、現在ネット上で利用が可能ないくつかのサイト(当ブログのWWFF情報源ページの中にガイドがあります。)は、それぞれ一長一短がありますので、不十分な場合に利用すると便利かと思います。特に大縮尺の国定公園の区域図をネットで公開していない県の場合には、利用価値がありそうです。

国際自然保護連合はスイスのグランに、国連環境計画はケニアのナイロビに、それぞれ本部がある組織です。

2015年9月 4日 (金)

東久留米寺めぐり Temples at Higashikurume, Tokyo

昨日は我が家の隊長の月末予定のグループ・ウォーキングの下見に付き合って、西武池袋線の東久留米駅を起点に、3つほどお寺をまわりました。蒸し暑い日で、10分も歩くと汗びっしょりでしたが、曇っていたので、なんとか頑張れました。

昨年の1月6日の記事で書いたコースとだいぶん重複していますが、そのときのウォーキング本番は、都合で半日で切り上げていて、月末は主にその残りまわることになったのだそうです。2年近く経って、コースタイムなどをほとんど忘れてしまったので、もう一度見に行くとのことでした。

まず、駅の北、10分ほどのところにある曹洞宗のお寺の浄牧院に行きましたが、ここは当方は初めてでした。

Img_9991s          浄牧院の総門。The main gate of the Jobokuin Temple.

境内はかなり広く、本堂や脇にある会館なども大きいものでした。遅くとも江戸時代の初期にはあった寺です。ただし、建物は新しいもののようです。

Img_9995s          境内のカヤの大木。説明板では樹齢約400年。Torreya nucifera.

Img_9997s          カヤは実をつけていました。

駅へ戻り、南口から大通りを南に向かい、途中で早めの昼食をとりました。下見を兼ねているので、大きめのピザ店でした。

その後、昨年も行った米津寺から黒目川の左岸の道をしばらく北上して大圓寺にまわり、同じ東久留米駅から帰途につきました。
米津寺は、江戸時代にこの地域を領地としていた小さな譜代大名である米津氏の菩提寺で、本堂裏手の墓地になぜか2・4・6・8代目の偶数の代の当主の墓がありました。東京都の23区以外では、大名の墓はここだけだそうです。米津は「よねきつ」と読むのだそうで、難読名字です。
ただ、古い寺らしい風情は大圓寺のほうが勝っていて、門前に古い庚申塔や道しるべを兼ねた馬頭観音石塔がありました。
http://nb20oi12-7388tu.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/walking-in-higa.html

2015年9月 1日 (火)

南魚沼 その3 六日町まち歩き

旅行3日目の30日(日)は、二人とも疲れ気味だし、お天気もあまり良くないので、ゆっくり宿からチェックアウトし、車は置いて、六日町の街を歩いてみることにしました。

Rimg0110s朝、宿から坂戸山(左)と金城山(右)を見たところです。(29日撮影。Photo by Maringo.)

駅まで12分くらいとのことだったので、国道17号に出て北へ歩き、駅前まで行ってみました。
日曜日の午前ということもあり、通る人も少なく、静かでした。
駅前広場の観光協会でパンフレットをもらい、隣にあるミニ美術館で棟方志功の版画などを鑑賞しました。駅前には図書館の新しい建物がありました。このように駅前に文化施設を配置するというのが、小規模都市の一つの行き方なのかも知れません。

街に立っている標識に、六日町は「坂戸城の城下町として、また三国街道と清水街道の分岐点の宿場町として栄えてきました。」とあったので、ガイドマップを見て、両街道の分岐点まで行ってみようと、現国道の1本東側にある旧道まで行くと、もう魚野川の橋まですぐでした。
架かっている六日町大橋のたもとに、昔の河岸の石垣が一部復元されていました。

Img_9959s石垣には昔の写真入りの説明板が付いています。
鉄道が開通する前は、この辺りまで、魚野川を下る川舟「こうりんぼう」の舟運があったそうです。六日町は陸路と川舟との乗り換え地点でもあったようです。上越国境の山々から水を集めて水量が豊かなので、可能だったのでしょう。
Img_9964s魚野川の清流。南の上流方面を見たところ。左に見えているのは坂戸山の南側の尾根。
おいしい魚沼こしひかりもこの川の水から生まれるのでしょう。
「魚野」は「魚沼」が変化したのか、無関係な名前とは思われません。

旧道に戻り、南へ進むと寺が3つ4つと、かなり広い境内をもつ八坂神社がありました。宿場の寺町だったのでしょう。
八坂神社から300メートルくらいで、追分に着きました。平成19年と書いてあるまだ新しい標柱が立っていて、「史跡 追分 右 三国街道 左 清水街道」と刻してありました。

Img_9983s街路灯の柱の右には水準点がありました。地理院の地図で見ると、標高164.2mです。

途中でパラパラと雨が降ってきましたが、たいしたことはありませんでした。

11時半ごろ車に戻り、関越道に入りました。赤城高原SAの前後で、雨が激しくなり、霧も出ましたが、平野まで下ると雨は止み、日曜にもかかわらず、スムースに走れて、午後4時過ぎに無事帰宅しました。

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