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2015年2月15日 (日)

高島平-東京大仏-光が丘ウォーキング Walking in Itabashi-ku

今日は久しぶりに我が家の隊長と鉄道沿線ウォーキングに行きました。都営地下鉄三田線の高島平駅を出発し都営地下鉄大江戸線の光が丘駅に至るコースでした。風が強い日でしたが日差しはあり30分も歩くとポカポカしてきてマフラーや手袋はいらなくなりました。

まず北へ荒川まで行き堤防上を上流方向にしばらく歩き、戻って都立赤塚公園を抜けました。板橋区立郷土資料館でかなり時間をかけて展示などを見ました。

Img_9024s資料館の脇の階段から台地上に上がるとそこが赤塚城の本丸跡でした。写真の木立の向うが荒川沿いの低地です。15世紀の半ばに千葉氏が下総から移って本拠地にしたそうです。千葉氏は戦国時代には北条氏の一門となりましたが赤塚城は北条氏の滅亡に伴い廃城になったようです。なお、アマチュア無線のWCAのナンバーは現在ありません。
Img_9038s今日の目玉は東京大仏でした。乗蓮寺という元は中山道板橋宿にあった寺ですが、もとの場所が戦後国道の整備用地になったのを機会に赤塚城跡の二の廓跡に移転し堂宇や大仏を建立したそうです。
Img_9048s500メートルほど行ったところに松月院という大きなお寺がありました。この寺は千葉氏の時代からこの地にあったそうです。現在の高島平駅の近くの徳丸ヶ原で天保12年(1841年)に高島秋帆が日本で初めて西洋式砲術の調練を行いましたが、その時秋帆が松月院に本陣を置いたそうで、秋帆の顕彰碑が立っています。大正11年のものですが当時の砲身を中心に火炎を放つ弾丸がまわりを囲むユニークなものでした。
「高島平」という地名は昔からのものではなく高島秋帆にちなんで付けられたのだそうです。これは知りませんでした。

朝の9時10分ごろ高島平から歩き始めたのですが、資料館などでかなり時間がかかってお腹が空いたのでコースを少しはずれて成増駅前でモスバーガーを食べました。
午後は東武東上線と川越街道を越え、都立光が丘公園に入りました。
Img_9060st公園の池にカメラを構えた人たちが大勢いるので近寄ってみるとカワセミがいました。隊長は初めて見たそうです。
光が丘からは大江戸線1本で帰宅できるので買い物をしていくという隊長と別れ家に向かいました。
Img_9056stおまけの写真です。松月院から成増駅に向かう途中で見かけました。






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