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2015年2月 9日 (月)

周防大島 Suo-o Shima

1月14日に山口県の周防大島(屋代島)在住の郡さんから電話をいただいたことを書きました。
その後、いくつか島に関係のあることが先月に続きましたので書きたいと思います。
郡さんは、電話のすぐ後に島の観光パンフレット数点や地域情報誌などを送ってくださいました。その中に「周防大島町 村上水軍の史跡」というものがあり、この島に村上氏関係の史跡があることを知りました。
前から瀬戸内海の海賊や水軍のことを知りたいと思っていたので、図書館から中国新聞社編著の「瀬戸内水軍を旅する」という本を読みました。
村上氏は、戦国時代には今の瀬戸大橋尾道今治ルートに沿う因島、能島、来島をそれぞれ本拠とする三家があり、戦国大名と対抗したり同盟したりするほどの勢力があったようですが、その内の能島村上家は関ヶ原の戦いで西軍に付いたことからそれまでの本拠地を失い毛利氏の家臣となって周防大島に移り住んだそうです。子孫たちは水軍の技を買われ長州藩の「船手組」のトップとなったのだそうです。

S
島から本州側の大畠方向を見たところ。右の端が大島大橋。潮流が激しいことが分かります。水軍は瀬戸内海のあちこちにある狭い水道の航行方法に明るいことが強みでした。

数日後には今年1月発行の「キリバス友の会会報64号」が届きました。その最初に郡さんの短い思い出の記が載っていましたが、これがタラワ島滞在中に日本人の女性アマチュア無線家が現れて度胆を抜かれたという話でした。T31KYの山上さんという方だったそうです。私は交信したことはありませんが、この方の太平洋各地での活躍のことを雑誌で読んだことがあります。郡さん自身もT30DMという免許を持ち、電話と違って無料なので随分助かりましたと書いてありました。

また、同じく現在周防大島在住の知人のYさんから自分の家の山でとれた美味しい蜜柑をいただいてしまいました。退職後故郷の周防大島に帰られもう十年以上も年賀状のやりとりだけであったのに恐縮してしまいました。

残念なことも一つありました。島の対岸の小高い丘にある「大畠バイテクファーム」(14日の記事に使った写真を撮った場所)のオーナーで親戚にあたるOさんの突然の訃報です。高齢になってから単身で父祖ゆかりの柳井市で主に暮らし、ライフワークの蘭栽培に打ち込んでいました。ちょっとうらやましいような晩年の過ごし方でした。

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