Links - Locals

  • ex J3CK, JP1JCK
    The original owner of the TS-850S in my shack. SK, Nov. 30, 2015. RIP.





2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

« レストラン「チッチョベッロ」 "Cicciobello" | トップページ | キリバス友の会 »

2015年1月10日 (土)

飛行艇 その1 Flyingboat (1)

先日紹介したJM3EHG/VK3EHG局のブログを見たら、ヴィクトリア州のボガ湖のほとりの、カタリナ飛行艇が保存されている博物館を訪問されたことの記事が載っていました。
太平洋戦争中の飛行艇による作戦行動に関心をもち、あれこれ調べたり、関係のある土地に出かけたりし始めて、かれこれ20年になります。平成24年4月3日にも、横浜航空隊跡のことを書いていますが、カタリナの写真に刺激されて、調べたことの一端を紹介してみたくなりました。

主に大戦前半期の日本海軍の九七式大型飛行艇(九七大艇)、二式大型飛行艇(二式大艇)のことを調べていますが、米軍のコンソリデーテッド・PBY(カタリナ)飛行艇のことも、関連する範囲で分かっていますので、PBY飛行艇が登場する日の出来事に触れてみます。

昭和17年(1942年)9月5日
ソロモン諸島ショートランド島の基地から二式大艇1機(横浜航空隊)、九七大艇3機(東港航空隊)が南東方向に長距離哨戒飛行に発進したが、東港空九七大艇(貴島政明予備中尉機)が未帰還となった。貴島中尉は、インド洋のアンダマン諸島からアリューシャン方面へ派遣の途中、東京で入院、退院後、南東方面派遣隊に合流し、ソロモン戦線に進出していた。米軍側の史料によると、サンタクルーズ諸島ヌデニ基地の海軍第23哨戒飛行隊(VP-23)のPBY-5(フランシス・C・ライリー中尉機長)が九七大艇を撃墜した。

【資料:25航戦戦闘詳報、碇義朗著「海軍航空予備学生」、ジェイムズ・ソウラク氏収集の米軍アクション・レポート】

Scn_0001_ts東京の船の科学館に展示されていた二式大艇。現在は、鹿児島県の鹿屋基地に移されました。見に行ったのは、今からちょうど15年前でした。

« レストラン「チッチョベッロ」 "Cicciobello" | トップページ | キリバス友の会 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 飛行艇 その1 Flyingboat (1):

« レストラン「チッチョベッロ」 "Cicciobello" | トップページ | キリバス友の会 »