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2014年11月

2014年11月29日 (土)

クラブの公開移動運用 Portable Operation of Our Radio Club

今日は、所属するローカルのアマチュア無線クラブの公開移動運用でした。
昨年は、悪天候のために中止となったため、2年ぶりでした。朝のうちは、細かい雨が降ったり止んだりしましたが、設営に支障があるほどではなく、風もなく、設営まではまず順調だったのですが、11時JST前ごろ、運用とトランジスターラジオ工作教室を開始したら、ほんのしばらくして、雨足が強くなりました。

Img_8710s
当方は、いったん机の上にセットし、ヘックス・ビームに繋いだリグを、車の中に移し、バッテリー電源で28メガで少し運用し、Wのゾーン3の3局と交信しました。JA1FAQ局と交替して、こちらは、18メガで、国内とQSOしていました。
ほかのメンバーは、傘をさしかけてもらいながら、7メガSSB、430FM、10メガCWなどをしばらく運用しましたが、雨が強くなってきたので、リグ、電源を片付けて、昼食休憩に入りました。
以前は、区の主催のイベントで、テントを貸してもらえたのですが、3年前くらいから、町内会のイベントとなり、無線クラブはテントがないので、このような場合、具合が悪いです。
工作教室は、1人だけで終了、昼食は、公園の管理事務所の玄関の軒下で、YL会員から差し入れていただいたお寿司を立ったまま食べるはめになりました。
このころには、土砂降りになり、午後の運用をはじめようかというころに、主催者から、グランドに水たまりができていることもあり、SL運転、吹奏楽演奏などのほかの参加プログラムを含め、イベントを中止するので、撤収してくださいといわれました。
少しだけ10メガで運用して、雨中の撤収作業にかかり、1330ごろには終わりましたが、その頃になって、空が明るくなり、雨も上がりました。
そんなことで、運用はほとんどできず、ステーのロープその他はびしょ濡れという、冴えない状態で、解散、帰宅しました。
ヘックス・ビームの組み立て方の復習やその他のアンテナを含めた機材のチェックができたことくらいが、収穫でした。

予定より早く帰宅したので、インフォをいただいていた、JP6NWR/4局ほかの北長門海岸国定公園、JAFF-074、移動運用を探しました。ホームには、24メガのアンテナがなく、クラスターで0700UTC過ぎに24904に出ていることを知り、ダイアルを合わせてみると、ときどきオーバーシーがQSOしているのが聞こえました。ある'程度は交信ができているようで、やや安心しましたが、リバース・ビーコンには出てきませんでした。24メガにはスキマー局が少ないためのあるかと思います。ロケーションもそれほどは良くなかったのでしょうか。
10メガにはかなりの時間出られていたようですので、公園でもう少し運用できれば、交信できた可能性が高く、残念でした。

The local ham radio club held an outdoor operation gathering in conjunction in the public with a few community events at a baseball field today. We set up a quadruple band Hexagonal beam, dipoles for 30 and 40 meter bands and a Yagi antenna for 2 meter band, but it started raining when we just started radio operation. The weather got worse after a while, and we were told that the organizers decided to cancel all events shortly after lunch break. It stopped raining just when we finished taking down our set-up and loading vehicles. It may have been one of the most unlucky days in the history of the radio club.

2014年11月24日 (月)

アマチュア無線技士が文化功労者

昨日は、ローカルの無線クラブの定例ミーティングがあったので、行ってきました。参加の会員は11名で、多いほうでした。
最近、再開局し、クラブがどんな様子か傍聴したいという方が1人来られたので、各会員がひととおり簡単に自己紹介をしました。
その中で、四国地方、5エリアのコールサインの移動局で運用している会員から、郷里の香川県坂出市の学校の1年先輩で、当時、アマチュア無線のことをいろいろ教えてくれた人が、その後、宇宙物理学で大きな業績をあげ、今年の文化功労者17名の中に選ばれたことが紹介されました。佐藤勝彦東大名誉教授で、当方も数年前に、たしか講談社のブルーバックス・シリーズの一冊だったか、宇宙の始まりのビッグ・バンのことを一般向けに解説した本を読んだことがあります。そのときに、趣味はアマチュア無線であることが、著者紹介に書いてあったように思いますが、今年の文化勲章、文化功労者のニュースのときには気が付きませんでした。
クラブの会員は、5のAではじまる3文字コールで、佐藤名誉教授は2文字コールだったようですが、免許情報検索では見当たらないようです。多忙のため切れているか、別のコールに変わっているのでしょう。
将来、ノーベル賞の可能性もあるらしいです。そうなれば素晴らしいですね。

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写真は、記事と直接の関係はありませんが、香川県坂出市の与島から鍋島灯台と坂出市の臨海工業地帯などを見たところです。(平成21年(2009年)5月撮影)

今日、24日は、午後の散歩以外は家にいて、ときどき無線機のスイッチを入れていました。
朝は、ときどきしているように、28.046で北米向けにCQを出してみようかと、ワッチしたら、弱く聞こえる局があり、"IOTA AS…"とか送っていて、Wからコールされています。リバース・ビーコンを見たら、JI3DST/5が新指定のAS-200、四国周辺の島からQRVしているのでした。空いている周波数を探して3回ほどCQを出してみたら、RBN上のWA7LNWでのSNRは、ほんのちょっと当局のほうが良いようでしたが、こちらには誰からもコールがありませんでした。さすがにIOTAのニューは、Wにもかなりほしい局がいるようです。当局もまだですが、近いところなので、いつかチャンスがあるでしょう。
(参考 当局のIOTAのレファレンスに関する考えを2012年7月25日に書いています。
http://nb20oi12-7388tu.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/great-eight-isl.html )

K7KHCという局が聞こえていたので、呼んで交信しました。当方のQRZ.comのページを見てくれたようです。
午後は、散歩の前に21メガで、8J4HKR、FK/JA0JHQと交信しました。
散歩の後にはV63YY(QSL via JA1VND)と交信ができました。

先ごろから、29日(土)のクラブの公開移動運用の予定を、何人かにメールでお知らせしています。今朝は、JH1BXH局から返信があり、当日は、DUの予定で、たぶん夕方からオンエアできそうとのことでしたが、こちらは、1500JSTころには撤収なので、移動地からの交信は難しそうです。WW CWにも出るかもしれないとのことですので、家で探してみようかと思います。




2014年11月22日 (土)

江戸城北の丸 Kitanomaru of the Edo Castle

しばらく移動運用をしていなかったのと、ヤエスの屋外用オートチューナー、FC-40を実際に試していなかったので、午前中に機材を積み込んだり、車のボディーにアースをとる工作をしたりして、午後から北の丸公園に出かけました。
29日(土)にローカル・クラブの公開移動運用の予定があるので、荷物のチェックや積み込みを兼ねています。平日に少し遠くまで出かけようかと思っていたのですが、何やかにやで来週は、空いた日がありません。今年は5月と8月に週末の渋滞に巻き込まれて痛い目にあっているので、連休中に高速道路などで出かける元気がなく、もしかしたら、オーバーシーにも呼んでもらえるかも知れないと、WCA、世界城アワードの番号を送れる北の丸公園に行きました。

Img_8688s駐車場から近い清水門へ行き、写真を撮りました。この門は、周囲の石垣や坂道にかなり昔の様子が残っています。
Img_8691s

園内は、秋の陽射しを浴びて、思い思いに散策したり語らったりしている人々も、気持ち良さそうでした。

バーチカルアンテナを立ててATUをつなぎ、1545 JSTから1700 JSTごろまで、18メガから28メガまでのあちこちのバンドをうろつきながら、”CQ de ******** WCA JA-10” を送信しましたが、いつもコールしてくださるJA1BPA局から1回コールがあっただけでした。28でこちらからUA3KWを呼んで交信し、計2QSOをログしました。
Img_8703s一昨年は、11月16日にほぼ同じところから同じようなアンテナで出て、オーバーシー3局から呼んでもらえていますが、コンディションの違いか、巡り合わせか、良く分かりません。
車のブレーキ・ライトのカバーの留めネジに銅線を締め付け、ビーメックス線を屋根上まで伸ばした、即製のボディーアースは、あまり良くないかも知れません。アンテナ・アナライザーでは、人体の影響も大きく、同調周波数がはっきりせず、インピーダンスもあまり下がっていませんでした。
また、新しいATUの使い方に不慣れなため、はじめ、リグの設定を内蔵ATUから外部ATUに切り替えるのを忘れ、だいぶん時間をロスしました。
往復の走行は、22キロで、往路は35分で着き、いつもの夕食時間に楽に間に合うように帰れたので、無線のボウズもあまり気になりませんでした。

I tried to activate the Edo Castle, WCA JA-00010, in the local afternoon, today, but logged only two contacts with a vertical antenna.

2014年11月20日 (木)

四ツ谷-青山ウォーキング

今日は、我が家の隊長の来年1月のウォーキングの下見の助手を頼まれ、JR四ツ谷駅から赤坂御用地のまわりを半周歩いて青山墓地まで行き、昼食をして、地下鉄の青山一丁目駅から帰るという、短めのコースを歩きました。
食後にさらに墓地を散策することも考えていましたが、小雨が降り出したので、やめました。
Img_8664s青山墓地の中央を南北に通る道。散歩をしている犬も、土地柄か、ちょっとおしゃれをしています。
墓地には著名人の墓もたくさんあるようですが、今日は、外人墓地のところだけ見ました。
Img_8665s幕末に来日して、佐賀藩士などに英語を教えたり、維新後は明治政府の顧問をしたりしたフルベッキの墓です。オランダ生まれでしたが、青年期はアメリカで過ごし、アメリカから日本に来たようです。向う側の隣は、イタリアから来た画家キヨソネの墓。
The tombstone of G. H. F. Verbeck (Verbeek), 1830-1898, in the Aoyama Cemetery, Tokyo. He came to Japan several years before the Meiji Restoration and was one of the earliest  English teachers in Japan.
Img_8675s墓地の一角から、高いビルの上にクランクアップ・タワー2本に取り付けたアンテナが見えました。後で、青山一丁目の角にある20階建てくらいのホンダのビルと分かりました。

ランチは、隊長が1回目の下見で目星を付けた「カザーレ・デル・パチョッコーネ」(覚えにくいせいか「パッチョコーネ」といういい方も流布しているようです。)という店に行きました。
Img_8676sThe Italian restaurant, trattoria, “Casale del Pacioccone”, at Minami Aoyama.

墓地と斎場の近くという場所には少し不似合なカラフルな建物ですが、デザート、コーヒー付きのランチが1,000円という、この場所にしては入りやすいお値段で、12時ごろには満席状態でした。
ちょっとしたハプニングで、予約をしていたはずが、席がとってありませんでした。今日の店は南青山1丁目だったのですが、前回の下見のときにもらってきたカードが、姉妹店の、南青山6丁目の店のもので、違う店に予約していたのでした。本番は最大16人くらいになるとのことで、その時だったらたいへんなことでした。
経営者の方針が、店舗網の拡張らしく、レジにすべての店のカードを並べていて、東京の青山の2店のカードは、色もえんじ色と茶色で似ていて、間違いやすく、店員も経験済みのことのようで、幸い席を確保してくれました。
ちなみに、本店は新潟県上越市で、約20年前の1993年に開店、東京の1店目が南青山6丁目(1998年)のようです。ローマにも店を開いているというのが、ユニークで、あまたあるイタリア料理店の中で、アピールしたいポイントのようです。
http://www.quals.jp/casale_del_pacioccone/index.html

お値段の安さに気が大きくなり、グラスワインを頼んでしまったので、結局出費が多くなりましたが、窓が大きく明るい2階のテーブルで、女性客も多く、ゆっくり食事を楽しむことができました。

2014年11月16日 (日)

IC-706 MK2 復帰 ICOM IC-706 MK2 Back to My Shack

昨年の今ごろに不調であることが判明し、メーカーの修理サービス期間も終了して、お蔵入りとなっていた、アイコム社の小型トランシーバー、IC-706 MK2が先日復帰し、11月9日からシャックに置いて使っています。

Img_8606sヤエスのマニュアル・アンテナ・チューナーFC-700を下に置いているのは、ダミー・ロードが内蔵されているので、テスト用に繋ぎました。

このリグの修理をしてくれそうなところをネットなどで探していたのですが、ずっと見つからないでいました。まさに「灯台下暗し」だったのですが、ローカルのクラブの会員のJR1BAL局がホームページをお持ちと聞き、開いて見たら、測定器をそろえて、機器の修理を受け付けていることがわかりました。(左にリンクがある"Brilliant Audio Laboratory") 早速、お願いして持ち込み、調べていただきました。
不具合は、CWのトーンがハムが乗ったような濁ったものになることでした。局発の発振のトーンとか、いろいろ調べても、異常がなかったそうで、しばらく悩まれたそうですが、リセット操作をしてみたら、治ったそうです。なにか制御のマイコンがからんでいるらしいですが、はっきりとした原因は特定できていません。
ただし、BAL局宅で直ったのを確認した後、自宅に持ち帰ってテストしたら、また、ハイバンドで、トーンが濁って聞こえる現象がおき、しばらくは、電源コードをアルミフォイルでくるんでシールドしてみたり、BAL局からフェライト・コイルを入れて回り込み対策をしてある電源コードをお借りしたり、あれこれのテストで時間がかかりました。
結局、IC-706にダミーロードを繋ぎ、モニターの受信機は近くに置いて、アンテナをはずした状態でテストしたのでは、本当の送信電波が正しくモニターできていないことが分かりました。
距離を5メートルくらい離し、QRPでアンテナから送信した電波を聞いてみると大丈夫で、さらに念のため、2キロほど離れたBAL局に試験電波を受信していただいて、確認しました。
モニターの方法によって、トーンが濁って聞こえるのでは、昨年の秋の本当の状態も、良く分からなくなってしまいましたが、最後のころには、7メガで、597というレポートをもらったことがありますので、具合が悪かったことは間違いありません。

なお、ディスプレイに表示されている周波数は、このところ数週、土曜日の夜、2100JSTころから、ローカル局とSSBでラウンドQSOをしているところです。クラブのロール・コールの周波数が50.350MHzなので、これと似て覚えやすいところにしています。もし聞こえていましたら、お声がけください。

2014年11月11日 (火)

昨日今日の28メガバンド Ten Meter Band

当地の今日のお天気は、どんよりと曇ってうすら寒い、気分が落ち込むようなものでしたが、昨日は、秋晴れで快適でした。1年の内でも一番気持ちの良い数日の中に入るのではないかと思いました。昼ごろ近所の散歩に行き、芝生の公園で携帯で写真を撮りました。

141110_132426s
昔から、どういうわけか、秋の澄んだ青空を見ると、電波も良く飛ぶような気になります。電離層と対流圏の情況は関係がないと理屈としては分かっているのですが、無線で遠い外国から電波が届くことと、秋の空が高く、遠く見えることで、連想が働くのでしょうか。

ホームでの無線運用も、細々とですがやっていて、昨日は、00UTCごろから28メガCWでCQを出したところ、K6JJR、KI0GL の2局からコールしてもらえました。本当に久しぶり、たぶん春以来はじめての、北米からの当局のCQへの応答と思います。リバース・ビーコンでは、よく高いSNRの数字が出るWA7LNW でも9dBだったので、コンディションが非常に良かったとはいえないと思いますが、たぶん呼んでくれた局のロケーションが良いのではないでしょうか。1局目はカスカスでしたが、2局目は、5Wとダイポールといっていました。
今日の夕方も、0745UTCごろ、プールの腰痛膝痛改善教室のレッスンから帰宅し、とりあえずアンテナをEUに向けてCQを出してみたら、IZ2VAOという局からコールがありました。
幸いなことに、2バンド用のアンテナの高いバンドの方がまだ役に立つようです。

2014年11月 9日 (日)

Old Photos of a U.S. City アメリカ東部の街の昔の写真

One of the large cities in the eastern region of the United States was the place where I lived for two years and attended a school. I had an occasion to dine with a Japanese scholar and his wife, who came back to Japan from the city to take part in a gathering of their relatives, with two of my friends, last Thursday evening. I became acquainted with all of them in the city forty-some years ago.
As the scholar’s family had been settled in the city already when my friends and I went to the city, the family were kind to invite us to their home for occasional parties held for local Japanese. I was not sure when I saw the scholar last time, but it must have been more than twenty years ago. We were able to hear interesting information about the recent situations of the U.S. and the city.

Dh000019_2s_2                    The city is known for the three rivers. There was a fort at the confluence in old days.
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                      I shared one unit of the row house with three students.





2014年11月 4日 (火)

沖縄移動余話 2

沖縄での移動運用余話のその2です。
今回の移動のために、準備したものが2つありました。結局、1つはちょっとした工作をして、荷物に入れましたが、使うことなく帰りました。
もう1つは、事前に秋葉原へ行って買ったのですが、マニュアルを読みながらテストをしていたら、運用の計画には適さないことが分かり、荷物に入れませんでした。こちらの方は、今後の使用方法にも関係があって、ちょっと深刻です。
Img_8612s
電源コードにジャンパー・ケーブル用の大型クリップとターミナルを付けたものです。
クリップは、DIY店で買いました。宿泊場所の部屋からの運用が、何かの事情でできないときのために、レンタカーにリグを置いて、宿泊地の駐車場か別のロケーションの良いところで運用することもできるように、用意をしました。離島からのIOTAペディションにたいへんアクティブなJI5RPT局のアドバイスもいただきました。TNX.
単純な工作ですが、アクリルの板にドリルで穴を開けようとしたら、押さえ方が弱くて、最初の回転で板が飛んでしまい、部屋のどこかに入りこんで、どうしても見つからず、あきらめて、別の板を使いました。
また、手持ちのターミナルを取り付けたら、頭がはずれないもので、現に使っている電源コードの卵型ラグが使えないことが分かり、もう一度ジャンク箱をあさって頭の外れるものに取り替えたので、思いのほか時間がかかってしまいました。
最初に無くしたアクリル板は、後日、掃除をしていたら、デスクの下の一番奥の方、ACコードやDC電源コードが這っている下に落ちていました。

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バーテックス・スタンダード(ヤエス)の屋外用オートチューナー、FC-40です。
今年から、移動用にFT-450を使っていますが、昨年までリグとセットでいつも使っていたオートチューナーは、アイコムのAH-4でFT-450では使えないので、マニュアル・チューナーやマッチング・ボックスで我慢していました。 沖縄では、やはり、クイックQSYができた方が良いと思い、思い切って同じメーカーの屋外用ATUを買うことにしたのです。
ところが、テストのため、2階のベランダにバーチカルを仮設し、使ってみるべく、マニュアルを見ながら線をつなげて、念のため接続法に続いて載せてある「アンテナの設置例(第4図)」というところを見たところ、最後のところに、太字ですが、小さい字で、
「注意:アンテナ端子とGND端子を短絡するループアンテナを使用するとFC-40が故障する原因になりますので使用しないでください。」
と書いてあるではないですか。 いつも良く使っている21メガ用のループを沖縄でもメインに考えていて、コンディションによっては、24メガ、18メガなどにもATU使用でQSYしようと思っていたので、ショックでした。
アンテナ本来のバンドや一つ上か下のバンドなら、大丈夫ではないかとも思いましたが、最初から故障させてもまずいし、コントロール・ケーブルなども含めるとかなり荷物も大きくなるので、持って行くのはタッパーウエアの箱入りのマッチング・ボックスにし、せっかく買ったFC-40は家に置いていきました。
そんなことで、今後の移動に関しても、ループ型でない良いアンテナは無いかと探しています。
もっとも、別記事で書きたいと思っていますが、不調だったIC-706MK2がいちおう復活したので、移動にはそちらを使うというオプションも出てきました。

2014年11月 1日 (土)

ウォーキング&ハイキング 芦ヶ久保駅から丸山

今日は、また我が家の隊長のお伴で、鉄道会社のウォーキング・イベントに行きました。
今日のコースは、標高960mの丸山という、秩父盆地の少し手前にある山の頂上まで行くコースで、ウォーキングというよりは、ハイキングか登山ともいうべきものです。宣伝のパンフレットには、「アップダウンが続く」というマークが着いていて、健脚向きでしょう。隊長は、前から張り切って参加するといっていましたが、こちらはかなり迷いました。なにしろ、出発点が西武秩父線の芦ヶ久保駅、標高約320mですから、標高差が640mあります。高尾山をケーブルカーを使わずに上ると標高差約400mで、その5割増しです。自信がなかったので、身体の調子を見ながら、どこか途中から近道をするか、引き返すかすることにして、朝の6時40分に家を出ました。朝から小雨がポツポツというお天気なのも、気がかりでした。
8時40分ころに芦ヶ久保駅に到着、9時前くらいから歩きはじめました。
駅の近くに県立自然公園の看板がありました。

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1時間弱、車道を登りました。目指す丸山の近くに埼玉県の「県民の森」があり、その辺りまで、行こうと思えば車で行けるのです。丸山登山道入口の少し手前に、標高約630mの日向山に行く道の入口があったので、ここで隊長と分かれて日向山に行き、そこから引き返すことを考えましたが、丸山の入口がもう少しのようなので、そこまで行ってみることにしました。
そこ(標高590m)に着いたら、やはり少しは山道を歩いてみたくなり、杉や桧の植林の中の登山道に入り、登って行きました。山道を登って行くと、道は細いし、急なところもあり、引き返すことは難しいように思えて、とにかく県民の森の近くまで行くしかないと、頑張って登りました。
案内図に766mの標高点が載っていて、節目らしいのですが、どこだか分かりませんでした。
40~50分、かなり急な山道を登ったでしょうか、隊長の「車が見えるわよ」との声に、先ほどの車道に再会したことが分かりました。(標高850m)
案内図を良く見ると、ここから車道を東南に歩けば、丸山をバイパスして、大野峠というところで、本来のコースに戻れます。ここでも少し迷いましたが、もう県民の森が近いようなので、進ことにしました。県民の森の展示館や大きい東屋までは、たいしてかかりませんでした。(標高900m) ここで、地元の人がすいとん入りのキノコ汁を300円で出していたので、折からオカリナのグループが演奏中の東屋で、音楽を聴きながらエネルギーを補給し、休憩しました。
案内の人によると、ここからは、丸山山頂まで、15分ということなので、それくらいなら行け
る、と出発し、結局、頂上まで行きました。
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                  頂上の展望台から、かろうじて見えた両神山。

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                  展望台から見た頂上付近の紅葉

頂上付近は広葉樹林で、葉が色づいている木々もあり、なかなか風情がありました。
山道をしばらく下り、大野峠の東屋でしばらく休憩し、ここから下り50分で国道、そこから20分で終点です、山道は滑りやすいので気を付けて下りてください、といわれてまた歩き始めました。途中、右足から1回、左足から1回、スライディングをしてしまい、オーバーズボンとレインウエアの上着を土で汚してしまいましたが、怪我などはなく、だいたいコースタイムどおりに午後1時ごろに終点の道の駅「果樹公園あしがくぼ」に無事到着しました。この道の駅は、芦ヶ久保の鉄道の駅のすぐ下にあります。このように鉄道の駅のすぐ傍にある道の駅は、初めてでした。
ここで、汗でびっしょり濡れた下着を替え、うどんを食べ、キウイを土産にもとめて午後1時53分の電車で帰途に着き、午後4時少し前に帰宅しました。
隊長に、どうしよう、どうしようとうるさいと叱られながらのハイキングでしたが、幸いに、思ったよりも身体が動いてくれました。登り道の3~4割は舗装道路だったので、山道よりは負担が少なかったのかも知れません。天気も、最後まで、ポツポツと降る程度で、本降りにはならなかったので、まず幸運でした。


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