享保の庚申塔
この2年ほど、散歩の時間が長くなりましたが、家の近くには古い道や新しい道が混在していて、古い道を探して歩くのが一つの楽しみになりました。江戸時代には農村だったところが、明治以降、特に鉄道が開通した昭和初期以降に、住宅地として家が建てこんできた地域なので、新旧の道が混在しているようです。もっとも、家のすぐ近くの東西に通っている幹線的な道路の北側の一帯など、区域によっては、土地区画整理事業が行われて、古い道がおとんど残っていないところもあります。
道のことは、また稿を改めて書いてみたいと思いますが、古道探しに伴って、古い道の道端に立っていることが多い地蔵、庚申塔などにも興味を持ち、彫り込んである建立の年月を覗きこんで、覚えて帰り、家で西暦だと何年になるかと、「歴史手帳」に当たってみたりしはじめました。
ただ、良く読めないものもあり、こういうことは調べた人がいるはずだと探してみたら、区の教育委員会が出版した、区内の石仏を全部調べて表に整理した小冊子がありました。
前回の記事で、ロシアのエカテリンブルグが享保8年に創建されたことを書きましたが、この参考書で、家から東南方向に歩いて20分ほどのところに、その4年前の享保4年(1719年)の庚申塔があることが分かりましたので、昨日、その写真を撮ってきました。
下の写真で、「享保 四巳亥 天九月」 とあるのが読み取れると思います。「吉日」の2字がその下に続いていますが、写真からは外れています。もう少しで300年になる古いものが、さりげなく立っています。参考書によると、刻像は青面金剛となっています。備考に旧埼玉道(淀橋・白子線)とあります。白子は、現在の和光市にある、荒川右岸の土地です。
実は、昭和57年から平成6年ごろまで、この近くに住んでいて、脇の道を歩いてきて、ここで古い道を横切り、最寄り駅へ行き、通勤していたのですが、当時は、いつごろのものかとか、何の塔なのかとか、全く興味がなく、漫然と見過ごしていました。
(資料:「東京都中野区内の石仏」東京都中野区教育委員会、1968、「路傍の石仏をたずねて」中野区教育委員会、1976)
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