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  • ex J3CK, JP1JCK
    The original owner of the TS-850S in my shack. SK, Nov. 30, 2015. RIP.





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2014年7月

2014年7月31日 (木)

トランシーバー運び Transporting a Tranceiver

今日は、トランシーバーの修理を頼むために、サービス・センターまで車に載せて行きました。ケンウッド社のTS-850Sで、ローカル・クラブで一緒だったJP1JCKさん(ex J2CK)が、お身体のご加減から、廃局されて不要になって、手放されたものです。当局が預かりに伺い、クラブ会員の希望をきいて、一度は、上級資格をとって再開するという某局のところに運んだのですが、その後、やはり新しいリグにするということで、当局が使わせていただくことになりました。
不具合は、100ワット出るはずのところが20ワットくらいしか出ないのです。どうも、当局のボーン・ヘッドで、テストするときに、うっかりダミー・ロードを付けずに送信操作をしてしまったためのようです。引き継ぐ前、しばらくは、あまり使っていらっしゃらなかった可能性がありますが、なにしろ、大学の無線工学の先生だった方ですから、いただく前から故障していた可能性は低いです。
数月前に、電話して、調べて部品があればまだ修理してもらえること、サービス・センターの場所などを聞いてあったのですが、グズグズしていて、行っていませんでした。大きさや重さから、電車で運ぶ元気はありません。車ですと、江東区平野という、なじみのない場所なのと、都心を通っていくことになるのが、億劫になっていた原因です。

午後一番で出ようと思ったのですが、VK9ECが出ているかも知れないことを思い出し、DXサミットを見ると、幸運なことに、ちょうど21メガのフォーンからCWにQSYしたところでした。10分ほど、拾っているところを探したりしながら呼んで、なんとかQSOできました。このペディションには、ときどきブログを読ませていただいているJF3PLF局が参加されているので、1回くらいは交信したいと思っていました。

1400に出発、所要時間は、カーナビでは30分弱と出ましたが、実際は約1時間かかりました。江戸城の昔の門でいうと、小石川門の近くで外堀をわたり、雉子橋門あたりで内堀に当たって、大手門まで回り込み、東から東南方向へ進んで、永代橋で大川(隅田川)をわたりました。しばらく進んだところで、「葛西橋通り」という通りに左折して進むと間もなくでした。首都高速を使えば早かったかも知れませんが、急ぐ必要もなく、料金がばかばかしいし、ジャンクションを間違えたりすることもあり得るので、やめました。
駐車場は、ビルの裏側にあり、正面から街路をグルッと一回りして行きました。リグもビルの裏口から運び込みましたが、修理の申し込みが終わってから、正面の写真を撮りました。

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修理受け付けは、夏休みの滞貨を避けるため、今週いっぱいで、しばらくお休みになるそうですが、チェック、修理は来週もするそうなので、来週中に連絡があると良いなと思っています。
東側の道の向かいは、都立木場公園です。せっかく来たので、寄り道をしてきましたが、そちらは、できれば別に報告します。公園の南北を結ぶ大きな斜張橋の上から、サービス・センターが入っている「木場パークビル」の写真を撮りました。屋上にルービック・キューブのようなものが載っている、ちょっと変わったビルです。

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復路は、少し北のほうへ大回りして、岩本町から靖国通りに入り、江戸城のそばは避けて帰りました。ハンドルを握るのはずいぶん久しぶり、走行距離は33キロでした。

I brought a used TS-850S transceiver to the Tokyo customer service center of the JVC Kenwood Corporation in Koto-ku, Tokyo today to have it checked and repaired if possible. It should be able to send 100 watts out, but I saw only 20 watts by its meter. I might have broken the final stage as I turned transmission switch on without load inattentively when testing it. It took about an hour one way to the center in the eastern side of Tokyo from my home in the western suburb since I had to go through downtown Tokyo. The distance I drove was only 33km round trip.

2014年7月29日 (火)

円偏波 Circular Polarization

「珍しいアンテナ」、スパイラルレイ・アンテナの記事で、円偏波の電波が出ると書きましたが、円偏波とはどういうものか、そもそも電波とはどういうものかが、残念ながら良く分かっていません。コメントにも書きましたが、この際と思い、昔買った後藤尚久(JA1ZU)著「電磁波とはなにか」(1974)と「アンテナの科学」(1987)を持ち出して、拾い読みで読み直して見ました。

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「電磁波とはなにか」は、前半が電界、磁界の説明で、そこまではだいたい分かりましたが、真ん中辺から始まる「IV電磁波とはなにか」になると、難しくなって、良く分かりません。
この本による説明は、科学史上の発見を追うように進んでいますが、1678年に、デンマークの天文学者レーマーが、光の速度が秒速約30万キロであることを測定したということです。(そんなに古いことだったのかとちょっと驚きました。)
一方、1856年に、ウェーバーによって、誘電率εと透磁率μの積の値が測定され、その平方根の逆数が秒速31万キロという光の速度に非常に近い値だったそうです。この値が速度の単位をもつことは、古くから知られていたということですが、どうしてそうだと分かったのか、説明がなく、この辺りから、分からなくなってきました。
このウェーバーの測定結果から、マックスウェルは、1864年、光は電気の波であると予想し、1871年にこれを発表したそうです。この予言を実験で確かめたのがヘルツで、そのことは、1888年に発表されたのだそうです。
今日になって、「はじめに」を読んだら、「・・・現代の電気の発展は、1800年のボルタの電池の発明によって加速されるが、それでもヘルツによる電磁波の実証まで、百年の間天才たちを悩ましたのが電磁波である。」とあり、本質的にむずかしいことなので、わかりにくいところは少し辛抱し、くりかえし読んでいただきたいと書いてあって、ちょっと慰められました。
「はじめに」とは別に「プロローグ」があり、そこには、「知識のなかには、断片的な雑学といわれるものと系統的なものがある。系統的なものの典型が学問である。『学問に王道なし』といわれるように、系統的な知識を得るには努力が要求される。・・・電波を理解するためにはこの系統的な知識が少し必要であるためと思われる」とも書いてあり、ともすれば雑学に傾きがちな筆者には、耳の痛いことばでした。

前置きが長くなりましたが、「アンテナの科学」の方のp.227からの円偏波の説明を参考に、「電磁波とはなにか」のpp.142, 143の半波長アンテナ(ダイポール)からの時系列を追った電磁波の放射の図を切り貼りして、円偏波の立体イメージを作ってみました。

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写真では分かりにくいと思いますが、矢印の付いた曲線は電気力線です。磁力線はこれと直角なので、小さい円(真ん中が・のものはこちら向き、×のものは向う向き)で表されています。90度に置かれた別のダイポールからは、90度位相が遅れた高周波が給電されて、差し込んだ紙のような電波が出ます。ただ、これもおそらくポンチ絵のたぐいで、片方の交流電圧がゼロの(3)や(5)は良いですが、中間の(4)や(6)では、90度の角度に置いた紙に電気力線を描くのは、適切でなく、45度ずらした角度に置いた面に、代表する電気力線を示すべきなのではないかと思います。
「円」偏波というのは、ややミスリーディングで、一定の場所にいると、偏波の方向が回転しているように見える性質があります。
ユーチューブに、動画による説明がありましたので、リンクを付けておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=Fu-aYnRkUgg

2014年7月27日 (日)

IOTA コンテスト RSGB IOTA Contest, 2014

昨日の夜から恒例のIOTAコンテストでした。当局にしては、かなりの時間、トランシーバーの前に座っていましたが、聞いた21MHzバンドのコンディションは、良くなくて、交信数も少ないものでした。
エガディ諸島、EU-054のIF9/IT9BXRと初めのほうに交信しましたが、知らないグループなので、初めてかも知れません。他にもイタリアの島の局がいくつか聞こえていましたが、シチリア(シシリー)以外は、呼ぶ局が多くてできませんでした。
太平洋方面では、行ったことのあるバヌアツからYJ0GAが出ていたので、交信しました。ネットで見ると、オペレーターは、ZL3GA、本格的なペディションの下見なので、ベアフットでアンテナはバーチカルかバディポールとのことで、あまり強くありませんでした。しかも、出ていた周波数にキャリアの混信があり、コンテストでは貴重なマルチのはずですが、あまり呼ばれていませんでした。あちらではQRMが聞こえないのでしょうけれど、こんなこともあるのですね。
国内では、トカラ列島、AS-049移動のJS3OMH/6局と交信しました。遠路の移動サービスありがとうございました。QRZ.comで見たら、ホームは偶然にも前回の記事と関係深い宝塚市の方のようです。
他に、ホームが近くで、移動にアクティブな7K1CPT局、当ブログでブログを紹介させていただくなど、お世話になっている九州のアクティブ局JP6NWRとナンバー交換しました。
ネット上では、JAFFに有効と思われる焼尻島に移動のJA8COE局もちょっと気になりましたが、フォーンのみの運用のようで、信号は聞きませんでした。6月ごろから、DXを相手にした大掛かりな国内移動をされているので、ブログを拝見するなど、注目していますが、参考にするには、ちょっとレベルが高すぎるように思います。
ところで、昨年のIOTAコンテストのときの「CQ」誌のルール紹介がおかしいと指摘しましたが、今年は直っていました。ただし、本年の8月号、p.218の表1「日本のIOTAナンバー」は、宇治・草垣群島のところが、本来AS-067のところ、AS-063と間違っています。これは、去年も同じように違っていたのですが、CQ出版にメールを書いた後で、気付いたので、再メールはしませんでした。

I logged twenty-seven contacts in the RSGB IOTA contest on the 15 meter band, by CW. YJ0GA was one of the stations I had a contact with, but its signals were difficult to receive due to QRM signals of constant waves on the frequency. It was regretful that the station did not appear to be busy because of the QRM.

今日の暑さも相当なものでしたが、午前中は無線などで時間をつぶしたし、夕方からは雨が降る予報だったので、一番暑い1340JSTごろから森の公園の方へ散歩に行きました。少し気味が悪いくらい人影が少ない日曜日でした。もっとも、森に着いたころから曇ってきて、風も吹き出し、家に帰ってしばらく経った1515ころからは降り出したので、暑さはちょっと一服でした。

いつぞや紹介したヨーロッパ・ナラの伐採跡に空間ができて、アカマツとヒノキが、枯れた木に圧迫されて細っていた半身を、あからさま晒しているのに気付いたので、写真を撮りました。

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ちなみに、公園の前身の野方苗圃は、東京府療養所の緩衝地帯として、大正9年(1920年)に正式に発足したそうです。(近所の図書館の資料による。)

2014年7月25日 (金)

日向薫の 「朗読ミュージカル」 Performance by Kaoru Hyuga

当地、JAの1エリアでも梅雨明けと発表され、暦の上では大暑に入って、いよいよ本格的な暑さに耐えなければならない時期になりました。昨日は、日没ごろから雷雨となり、用心のために、壁の穴の下につけた同軸切り替えスイッチから同軸ケーブルをはずしました。(この2回路のスイッチは、アンテナ切り替え用とは逆につけて、外からのケーブルをアース線からリグへ行くケーブルに切り替えるために使っています。避雷には、本来、家の外で切り替えるべきですけれど、使い勝手からこうしています。)

ところで、このブログは、無線や歴史ネタばかりで、我ながら潤いや彩りに乏しいものになっています。たまには少し目先を変えて、火曜日の新聞の夕刊に小さい広告が出ていた、「朗読ミュージカル」を紹介します。

   ○宝塚歌劇100年展 特別企画
      「日向薫が歌う『山崎陽子の世界』」
         日時: 8月27日(水) 14:00~15:30
         会場: 兵庫県立美術館ミュージアムホール
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(写真掲載を特に断っていませんが、PRのページに出ているし、親戚(従妹)なので、許してもらえるでしょう。もっとも、厳密には、これを載せている下のページの管理者の承諾がいるのかも知れません。なお、続き柄からいって、当方とはだいぶん離れているとはいえ、それなりの年齢です。この写真をいつ撮ったのかは、分かりません。)

http://www.nikkei-events.jp/takarazuka100/
(「イベント情報」のページの真ん中あたりに出ています。)

http://www.himawari.net/kaoru/top.html
(新しい情報が少ないようですが、「最新情報」だけは、更新されているようです。)

It was announced that Kaoru Hyuga, former Takarazuka actress, will have a performance at the Art Museum of Hyogo Prefecture in Kobe City on Wednesday, August 27. She is my cousin, incidentally.

2014年7月22日 (火)

珍しいアンテナ An Unusual Antenna

昨日と一昨日は、夕方に近所を自転車でしばらく走りました。暑いので、足で歩くのはちょっとお休みにしました。一昨日は、南西方向に行ったので、昨日は、反対の北東方向に行ってみました。おおむね南北に通っている幹線的な道を基本に、ときどき細い道にも入ってみました。
先端のあたりに、50メガSSBに出たときなどに、何回かお話をしたことがあるアマチュア局、JA1EEZ局があるはずだと、アンテナに気を付けながら、だいたい見当をつけた辺りで、横道に入ってみると、グランドがあって、ちょうど反対側にそれらしいタワーとアンテナがありました。 何か、アメリカから苦労して直輸入された特別なアンテナだということは、QSOのときに伺っていましたが、たしかに、初めて見る珍しいものでした。
近づいてみると、50メガの11エレメントの2スタックですが、普通の八木アンテナと違って、エレメントが捻じれたように付いています。真ん中のエレメントだけが水平で、先端のディレクターは45度片側に傾き、最後方にあるリフレクターは、反対側に45度傾いていました。
この局の位置は、当局から45度方向、約2.5kmほどです。 50メガが中心で、AMでも同好の方々とロールコールをしたり、移動運用をしたりされているようです。
カメラを持っていなかったので、写真はありませんが、ネットで探してみたら、局長ご自身が紹介された記事を見つけることができましたので、写真を見てみたい方は、下のリンクから探してみてください。記事によりますと、円偏波だそうです。
アンテナは、Telrex社からスパイラルレイ(Spiral-ray)という商品名で、数十年前に売られていたもので、Wのグーグルでサーチしてもネット上の画像はあまりなく、K5PRT局の昔アンテナの写真に144メガ用のものがあるだけでした。

www.6mam.com/
「6m AM ロールコールグループ」
「資料」、「パンフレット」、とたどると、「ハムフェア2003」にアンテナの紹介が、「ハムフェア2007」に自作によるスタック化のレポートがあります。

www.6mam.com/shiryo/pamphlet/hamfair2003.pdf
(p.43)
www.6mam.com/shiryo/pamphlet/hamfair2007.pdf
(p.34)

ついでですが、サーチをしていて、Googleの検索ではpdfファイルも見つかるのに、Bingでは、見つかりにくいことに気が付きました。

I found an unusual antenna for six meter band about 2,500m away from my home yesterday. There were stacked eleven element arrays on a tower, but the elements were set skewed 90 degrees on the booms. One set was bought from the Telrex Corporation back in the 1970’s as the “Spiral-ray” and was imported from the USA by the owner. Another set of eleven elements was home- brew.

2014年7月19日 (土)

正徳の庚申塔 Koshin Stone Monument

先日は、享保の庚申塔を紹介しましたが、家から一番近い庚申塔は、正徳3年(1713年)のもので、正徳は、享保のすぐ前の元号です。今から301年前になります。わが家から240度方向、直線距離200m足らずのところに立っています。このような古い年が彫ってあることにはじめて気づいたときは、ちょっと感動しました。
もともとは、50mくらい離れたところの幹線的な道路の分かれ道に立っていたそうですが、道路整備と交通量の増大で、一本裏に入ったところに移されたそうです。下の2枚の写真で、道しるべにもなっていたことが分かりますが、現在の状態では、180度反対の方向を向いている上に、元あったところの分かれ道は、左右ではなく、30度くらいの角度に分かれる三叉路でしたから、現状で、道案内の参考にすることはできません。

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Rimg0020sThis stone monument stands at the spot less than 200 meters from my house. It was erected by villagers in 1713, 301 years ago, to commemorate the accomplishment of the koshin (57th of the Oriental zodiac) rites. The stone was also useful as a road sign: Old village names were inscribed on both sides of the stone.

2014年7月16日 (水)

故障電源治らず Failed to Repair a Power Supply

先日、久しぶりに半田ごてを取り出し、故障中のトランス式定電圧電源(30A)の修理をしてみました。ずいぶん前に、ブーンと異音がして、ヒューズが飛んでしまいました。メーカーのダイワに問い合わせたら、もうサービスは終了しているとのことで、症状からは、大きいトランジスターがダメになっている可能性がある由でした。使用のもの、2SC3281は、もう生産中止だけれど、秋葉原に行けば同等品が手に入るはずといわれました。
そこで、ケースを開けてトランジスターを2個はずし、秋葉原で買ってきた2SC5200に交換しましたが、同じようにヒューズが飛んでしまいました。
基盤を良くみたら、下側になっている方にもう一つ同じトランジスターが隠れていたので、2SC5200をもう一つ買い、また、2SD880という小さいトランジスターも換えることにして、新品を買いました。
不精なので、そのままデスクの下に放置していたのですが、邪魔に感じるようになったので、取り換え作業をしました。結果は、残念ながら、効き目なし、同じように8アンペアのヒューズが飛んでしまいました。電話で聞いた話だけで修理を試みたのは無謀だったようです。コンデンサーのパンクが疑われますが、こちらの基盤はがっちり取り付けてあり、私にはちょっと手が出せません。ローカルの器械に強い人が、引き取って修理してみたいということなので、そちらに譲ることにしました。

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I tried to repair the power supply that went out of order some time ago by changing four transistors following an advice over the telephone from the manufacturer. The venture did not work and the 8A fuse tripped as before.

2014年7月13日 (日)

古い道 Old Roads in My Neighborhood

このところ、散歩しながら、この道は古い道かどうかなど探ることが楽しみの一つです。前回の記事にも書きましたが、住んでいる地域は、昔の江戸近郊の農村が都市東京の膨張に取り込まれた場所なので、少し観察し、考えながら歩くと、昔からあった道を探り出すことができます。 古い道の特徴について、自分なりに整理してみました。

1.道そのものの形状など
 ・湾曲していて、直線になっていない。
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 ・幅が一定でない。  
 ・交差点が十字型でなく、二またの分かれ道になっていることがある。

2.道が通っている場所の自然の地形  
 ・台地の裾や台地の縁辺部に沿っていたりして、自然の地形から通りやすいところを通っている。

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         (右が古い道で右側の台地の裾を通って下っていく。左が新しい道)

      
 ・台地と低地の境は、傾斜の緩いところを通る、斜面を斜めに行く、S字状に湾曲して行くなどして、大掛かりな切通しなどはない。
 ・周辺から最も低いところをくねくねと通っている道は、昔の小河川や水路が埋め立てられたり、暗渠となったりして道として利用されたもので、あちこちに見られるが、おおむね太平洋戦争後に道となったものが多いようである。

3.沿道の人文・社会的な状況
 ・古い神社やお寺の門前を通っていたり、それらに向かう参道になっていたりする。
 ・地蔵などの石仏や庚申塔がある。(ただし、交通量の増加などで、場所を移されたものもかなりあるようである)
 ・代々住みついていた人の大きな屋敷がある。表札から、地域に多いいくつかの名字を見ることができる。開発されてマンションや建て売り住宅群になっていたり、駐車場になっていたりすることも多い。

 ・墓地がある。
 ・郵便局、交番などがある。店舗では、米屋(場所によってはすでに廃業して看板だけになっている)、質屋(道から少しだけ外れていたりする)がある。
 ・川を渡る道は、橋の名前や来歴から道の古さが推測できることがある。説明看板があることもある。ただし、地域にある「新道橋」は、すでに江戸時代からあったものらしい。
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 ・通過交通を担う幹線道路と交わる場所に、信号や歩道橋がある。
 ・地域では、東南東方向にあった江戸中心部との関係から、西や西北方向に向かう古い道が多い。その方角にある村々に繋がっていたようだ。

どこに古い道があったのかは、古い地図などの資料を見ると、さらに良く分かってきますが、区の刊行した歴史散策ガイドに載っている江戸時代の図は、かなり粗いものなので、細かいところが分かりません。手持ちで、明治14年測量、明治20年出版の参謀本部の2万分の一図の複製があり、こちらはかなり参考になります。ただ、残念なことに、家の近くの部分は、なぜか道路と河川の位置関係などがずれて不正確なようで、推測を交えて判断するしかありません。もう一つ参考にしているのは、「ポケット型 東京區分地圖」昭和8年初版、昭和14年51発行、九段書房です。

郷土史の資料などを少し見たところでは、鉄道が開通した大正から昭和の初め以降に道路の整備も進んで、通過交通がある道は、湾曲した部分に直線的な新道が作られたようです。また、この地域では、太平洋戦争直前に土地区画整理が行われたところがあり、その事業区域では一部を除くと、古い道は残っていません。

The neighborhood I live in used to be a rural community but has been engulfed by the expanding Tokyo, and is occupied completely by detached houses, condominiums, apartments, stores and other buildings. However, we can detect some old roads by its shapes and locations. The old roads run in front of old shrines or temples, for example. There are some old stone Buddha statues along those old roads.

2014年7月 8日 (火)

享保の庚申塔

この2年ほど、散歩の時間が長くなりましたが、家の近くには古い道や新しい道が混在していて、古い道を探して歩くのが一つの楽しみになりました。江戸時代には農村だったところが、明治以降、特に鉄道が開通した昭和初期以降に、住宅地として家が建てこんできた地域なので、新旧の道が混在しているようです。もっとも、家のすぐ近くの東西に通っている幹線的な道路の北側の一帯など、区域によっては、土地区画整理事業が行われて、古い道がおとんど残っていないところもあります。
道のことは、また稿を改めて書いてみたいと思いますが、古道探しに伴って、古い道の道端に立っていることが多い地蔵、庚申塔などにも興味を持ち、彫り込んである建立の年月を覗きこんで、覚えて帰り、家で西暦だと何年になるかと、「歴史手帳」に当たってみたりしはじめました。
ただ、良く読めないものもあり、こういうことは調べた人がいるはずだと探してみたら、区の教育委員会が出版した、区内の石仏を全部調べて表に整理した小冊子がありました。
前回の記事で、ロシアのエカテリンブルグが享保8年に創建されたことを書きましたが、この参考書で、家から東南方向に歩いて20分ほどのところに、その4年前の享保4年(1719年)の庚申塔があることが分かりましたので、昨日、その写真を撮ってきました。

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下の写真で、「享保 四巳亥 天九月」 とあるのが読み取れると思います。「吉日」の2字がその下に続いていますが、写真からは外れています。もう少しで300年になる古いものが、さりげなく立っています。参考書によると、刻像は青面金剛となっています。備考に旧埼玉道(淀橋・白子線)とあります。白子は、現在の和光市にある、荒川右岸の土地です。
実は、昭和57年から平成6年ごろまで、この近くに住んでいて、脇の道を歩いてきて、ここで古い道を横切り、最寄り駅へ行き、通勤していたのですが、当時は、いつごろのものかとか、何の塔なのかとか、全く興味がなく、漫然と見過ごしていました。

(資料:「東京都中野区内の石仏」東京都中野区教育委員会、1968、「路傍の石仏をたずねて」中野区教育委員会、1976)

2014年7月 6日 (日)

エカテリンブルグ QSLs from Ekaterinburg

前回、4年後のFIFAワールド・カップの試合会場となるエカテリンブルグのことを書きました。先日ビューローから届いたQSLカードの中に、たまたま同市のものが2枚ありましたので、紹介したいと思います。RU9CD局とUA9CBR局からのもので、前者は2012-11-05, 当局は千葉県富津岬、JAFF-048移動、後者は 2013-08-29, 当局はみずがき山自然公園、JAFF-005移動で、それぞれ交信しました。

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下のカードには、1723年に都市が建設されたときの功労者であった二人の肖像画と、1910年の写真が使われていて興味深いです。1763年に建設された聖カテリーヌ教会が、1930年に、共産党(ボリシェヴィキ)によって爆破されたそうです。
1723年というと、日本では享保8年、八代将軍徳川吉宗の時代です。ヨーロッパの諸都市に比べれば新しいのですが、ウラル山脈に近いだけあって、結構古い都市です。





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