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2014年4月14日 (月)

「藩と日本人」

最近読み終えた本に「藩と日本人-現代に生きる<お国柄>」武光誠著、PHP新書、があります。
取り上げられた藩の成立過程から、徳川時代のその藩の組織、制度などが述べられていて、興味深く読みました。
最後のほうに(p.198-)、明治維新の廃藩置県のときに決められた県名と、徳川時代および維新後の明治初期の藩の名称と県名の関係のことが書かれていて、これは初めて知りました。
戊辰戦争、明治維新との関わり方で、藩を忠勤藩、日和見藩、朝敵藩に分け、忠勤藩の県名には旧藩名をそのままつけ、それ以外の日和見、朝敵には、県庁所在地の郡名や地域の山、川の名前をつけたというのです。
忠勤藩は、薩長土肥の鹿児島、山口、高知、佐賀のほか、福岡、鳥取、広島、岡山、秋田の9県だそうです。もっとも、和歌山県など、9県に入っていないのに、藩主の城のあった都市名になっていますが、ここは紀州藩と呼ばれていたので、中心都市の名が認められたのでしょうか。長崎、新潟など、旧天領(幕府直轄領)内に県庁が置かれたところも、県庁所在都市名になっているので、そのようなことがだいたい忘れられている現在では、分かりにくく、多くの方々にはどうでも良いことかも知れませんが、歴史好きの筆者は、面白く思いました。

Img_1802s 鹿児島県鹿児島市の鶴丸城跡。(平成22年)

Img_5703s 茨城県水戸市の水戸城跡、薬医門。旧水戸藩は、郡名が県名に使われたようです。(平成25年5月)




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