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2014年4月

2014年4月29日 (火)

池袋-練馬ウォーキング Walking From Ikebukuro to Nerima

今日は、また、我が家の隊長に誘われ、鉄道会社主催ウォーキングイベントに参加し、公称11.5キロのコースを、休憩時間込みで2時間50分で歩きました。
「都会の公園を歩き、初夏の訪れを感じよう」というキャッチ・フレーズのイベントで、相当に多くの人々が参加していました。
コースは、日常の散歩範囲を通り抜けるような形なので、あまり新味のある場所はありませんでした。自転車を活用したので、電車賃は、極めて安くあがりました。隊長は、徒歩にこだわり、自転車は使わなかったので、集合場所までとゴールインしての昼食の後の帰宅で、4キロほど余分に歩いています。
途中では、もっと近い道があることが分かっていて、近道をしたくなりましたが、企画の作り方を知ることも良いし、別行動について来る人があったりして、混乱してもいけないので、やめました。
Rimg0125s An auditorium designed by Frank L. Wright in the Jiyu Gakuen School near Ikebukuro, Toshima-ku, Tokyo.
スタートして10分ほどで、自由学園明日館の前に着きました。大正10年(1921年)の建設で、旧帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの設計です。10年ほど前に修復工事がされたようで、公開もされているようですが、今日は前から見るだけでした。話には聞いていて、写真も見ていましたが、実物を見るのははじめてでした。

Rimg0157sThe display room of a train models manufacturer.
1時間弱のところで、道路沿いに鉄道模型の会社があり、ビルの前には、古い車両が展示してあり、目立っていました。昔もありましたが、建て直されて、たいへんきれいになり、展示車両も変わったような気がします。1階の中は、ショールームと店舗になっていて、自由に入れました。置いてあったレイアウトの写真の側は山地、渓谷路線ですが、反対側はビルが並ぶ都会になっています。じっくり見たら、相当に時間がかかりそうでした。

Rimg0167s The old zelkova tree of the Hakusan Jinja Shrine in Nerima-ku, Tokyo. It is said to have been donated in the eleventh century by Minamotono Yoshiie.
ウォーキングの最後のポイントは、練馬白山神社の大けやきでした。源義家が苗を寄進したものと伝えられているそうです。巨樹の本にも紹介されています。

調布から武蔵境へ歩く From chofu to Musashisakai

 27日(日)は、京王線の調布駅からJR中央線の武蔵境駅まで歩いてみました。夕方に武蔵境に近くに行く約束がありましたが、天気も良いし、去年、近くのルートのバスに乗ったことがあって、歩けそうだったので、実行してみました。
調布駅から甲州街道を横切り、布田天神社という神社に寄りました。広い境内がある大きな神社でした。その西側の細い道を北上し、中央高速の高架の下をくぐって間もなく、「武蔵境通り」という幅の広い道路に合流し、御塔坂橋(ごとさかばし)で野川を渡りました。
Img_7848sThe Nogawa River from the Otosaka bridge in Chofu City.
地形の観点では、この多摩川の支流の野川が、この日のウォーキングの唯一のアクセントでした。川まではずっと平坦で、対岸、左岸にわたると緩い傾斜の長い坂があり、その上は、武蔵野台地で、またずっと平坦でした。
坂の途中に深大寺に通ずる道があり、300メートルくらい右が深大寺で、その南、川に近い方に深大寺城址があります。川の沿岸は、古くから開けていたことが分かります。
坂を登りきった右手に、都立神代植物公園正門を見て、ひたすら北上しました。このあたりの道路は、中央分離帯付きの往復4車線の車道に、自転車道と歩道がタイルで区分されて、両側にあり、ぜいたくといっても良いくらいで、快適に歩けました。
野崎交差点で、幹線道路の東八道路(東京-八王子を結ぶ)を横切りました。この辺りから、行政区域は、調布市から三鷹市に移ります。交差点の東北の角には野崎八幡社がありました。説明看板では、元禄2年(1689年)、野崎村創設の6年前に勧請されたそうです。台地の上のこのあたりに人が住みついたのは、ずいぶん遅いことが分かります。
200メートルほど北で、古い道である人見街道を横切りました。この道を西へ行くと、新撰組の近藤勇の生家跡に行けます。
さらに1キロ弱北上して、三鷹市塚交差点から左折し、武蔵境通りをたどって、300mほど西でまた北へ向かうと辺りは武蔵野市です。左手に杵築大社という神社がありました。
Img_7879s The Kidukitaisha Shrine in Musashino City, near the JR Musashisakai Station.
慶安年間(1648 - 1651年)、松江藩初代藩主松平直政がこの辺りの土地を将軍家より賜り、鷹狩場としたそうです。その場所に出雲の杵築大社(現在の出雲大社)が勧請されたのがこの神社の始まりだそうです。ここでも、村が開かれたのは、江戸時代になってからのようです。また、武蔵境の「境」は、出雲松江藩の屋敷奉行の境本氏が御用屋敷のあった場所に新田を開発したことに由来するそうです。
歩き始めたときは、1時間半くらいかなとみていましたが、途中で写真を撮ったりしたためか、JRの駅まで1時間40分ほどかかりました。

Img_7841s おまけの写真です。調布市の電気通信大学キャンパスの東側を歩いていたら、屋上のアンテナが目に入りました。JA1ZGP局のアンテナかも知れません。

2014年4月26日 (土)

Portable Takao-san, JAFF-049 明治の森高尾国定公園移動運用

I went to Mt. Takao, Takao-san, to operate radio in WWFF JAFF-049, the Meiji Memorial Forest Takao Quasi-National Park in Hachioji City, Tokyo yesterday. This was my third visit to the same hill top near the upper terminal of the Mt. Takao Funicular Railway. There is an article of my visit last year dated March 14, 2013, in this blog.
I drove to the foot of the hill and went up by a cable car. It took about two hours from my home.

Rimg0079s A loaded vertical antenna for the 40 meter band was erected at first. Nine contacts with JA stations were logged by this antenna during the morning. As my lithium-ion battery was a 20Ah capacity, the RF power was set at 5 watts.

Rimg0100s
Rimg0103s A loop antenna for 15 meter band was set up after lunch, and I logged 33 contacts. 25 of those were oversea stations and 8 were JAs.
The transmission power was set at 15w at first but decreased to 12w afterwards, and then to 10w, since the transceiver went off during transmission as the voltage of the battery declined. The European callers appeared to have difficulties copying my signals sometimes, but I must be content with the result of the low power operation and would like to thank to the callers.

Rimg0113s The bench there was in poor shape and the placement of the rig and bags was not very tidy, but the photos may be good to show the character of the place. The wind of the day was easterly and I felt cold, blown constantly by the wind. It was a nice spring day, but as a possibility of thunderstorms had been forecast, I was anxious for the sudden change of the weather. Fortunately, we could see the Sun all day, though some growing clouds were seen in the afternoon.

Rimg0085s The brilliant young leaves of Momi firs, Abies firma, were beautiful.

Rimg0106s The view of the east, towards conurbation of Tokyo could be seen from behind the upper terminal of the funicular, which is 472 meter high above sea.

昨日は、高尾山に行き、明治の森高尾国定公園、JAFF-049、から3度目の運用を試みました。交信数は42で、海外は25でしたが、バッテリーのために出力を15ワット以下にしたことや運用時間帯、バンド・コンディションなど考えると、まずまずだったと思います。
前日あたりから、夕方のにわか雨の可能性が予報され、朝は遠かった雲がだんだん大きくなってきたので、心配しながらでしたが、幸いに予定の時間まで大丈夫で、ラッキーでした。

海外に関しては、いつもながらクラスターのスポットへの依存度が高く、0500 UTC過ぎと0700 UTC過ぎのJI6CUK局と仮名某局のスポット後の一連のコールのほかは、空振りCQがほとんどでした。スポット局どうもありがとうございました。特に2回目のときは、どうもこちらのシグナルがあちらには、良く届いていないようで、レポートを送ってもまた呼んできたり、こちらからレポートを聞き返しても反応がなかったりしました。1回は、EUの第三者局が、こちらがコールバックしたが出てこない局に、送信をうながして助けていました。
帰ってからリバース・ビーコンを見てみたら、EU方面は、0700 UTC台に、RN4とOH6から1回ずつ当局のレポートが上がっただけでしたが、JA1エリアの3局とKH6からは、何度もレポートが上がっていたので、もし見ていれば、もう少しコールが分散しても良さそうなものと思いました。
午後に使った21メガのループは、北西に向けたままで、まったく回しませんんでしたが、回してみていたら、リバース・ビーコンでフロントとサイドの差がどれだけあるかを見られたでしょう。KH6あたりからのコールもあったかも知れません。

国内では、JAFF移動運用でのおなじみ局の7K1PAS(2バンド)、JA1BPA、JA8RJEの各局、CQ誌などで著名のアワードハンターJA1CKE(八王子市内で、Sメーター振り切れの強さでした)、ローカルクラブで一緒ですが、未交信だったJH1CXP、当局移動を良く呼んでくださるJG1UKW/QRP、昨秋初交信をし、その後ブログでコンタクトがあったJH1LMD、ストレート・キーのアクティブ局JJ1RZG、ローカルで、元クラブで一緒の局長の弟さんのJH1FTLなどからコールしていただき、楽しいQSOができました。

朝9時過ぎに、ケーブルカーの下の駅に行くと、小学生くらいの遠足グループがいくつも並んでいて、相当の混雑も予想されましたが、人目につきにくい運用場所には、前回、前々回同様、来る人は誰もありませんでした。もっとも、こちらは、運用適地下見のためにわざわざ出かけ、上の駅から下の方へ、高低差約270メートルの半分くらいまで下って探し、見つからないのでまた登りかえして、最後の最後に発見したので、それなりに汗をかいています。

英語のほうに書いていますが、電源がネックで、今回は、午前中に7メガで運用したためか、午後の21メガでの交信中やCQ送信中に、電圧が下がって、トランシーバーの電源が落ちてしまうことが4~5回あり、そのたびに、出力を下げていきました。20Ahといっても、半分くらい使った状態になると、長い時間の連続送信は難しくなるようです。休み休みなら使えるので、最後のほうは、気を使いながらの運用でした。

バッテリーや天気予報のこともあり、早めに帰ろうかと思いながらやっていましたが、結局、午後5時JST直前まで運用し、それから片付けをして、5時45分、最終の一つ前のケーブルカーで下り、家には7時に到着しました。高尾山インターが開通しているので、八王子の市街を抜ける必要がなくなり、車での所要時間はだいぶん短縮されました。走行距離は、往復約100キロでした。

2014年4月21日 (月)

秩父札所午歳総開帳記念ハイキング Hiking in Chichibu

昨日は、2週間ぶりのウォーキングで、秩父へ行きました。先週は、火曜日から土曜日まで、連日、昼食会とか、なにかしら人に会う予定があって出かけたので、ちょっとゆっくりしたかったのですが、我が家の隊長から、「家でピーピピーピばかりしていたら、○○老人一直線!行きましょう。」とのおどかし?で、朝は5時に起き、6時半に出発しました。
今年は、秩父三十四箇所観音霊場が文歴元年(1234年)甲午の歳に開創されて780年、12年に一度の午歳のご開帳ですが、特に干支ともに一致する記念すべき歳なのだそうです。西武鉄道と秩父鉄道がそれを記念して、6回シリーズのウォーキングを催していて、昨日はその第4回でした。隊長は、今まで皆勤していて、全部行くつもりらしいのです。こちらは、1回くらいは行ってみようかと思っていたので、とりあえずノルマ消化になりました。

秩父鉄道の大野原駅を出発し、荒川右岸の第19番龍石寺を皮切りに、荒川左岸に渡って、上流、南の方へ遡りながら、第24番法泉寺まで、6箇所にお参りしました。通常の沿線ウォーキングよりもアップダウンのあるコースでした。第23番の音楽寺が秩父盆地の西側の尾根の稜線のすぐ下にあり、標高差が150メートルくらいありました。

Rimg0016s第20番岩の上堂の入り口です。この御堂は、荒川の切り立った崖の上に建てられています。昔は舟で真下に行き、急な崖を登ってお参りしたそうです。その位置に特色のある札所です。
Iwanoue-do Temple, the twentieth temple of the Thirty-four Kan-non Temples of Chichibu, on a cliff of the Ara River.

Rimg0031s第22番童子堂の山門の「童子仁王」像。仁王にしては、ユーモラスな顔をしています。
The niou at the gate of the twenty-second temple, Doji-do.

Rimg0035s山の上の第23番音楽寺。
The Ongakuji Temple, the twenty-third temple, up near the ridge of the western hills of Chichibu.
紅白の綱が垂らしてありますが、御本尊の手から引き出してあるのだそうで、これを手にして親しく観音様を拝みます。御開帳にこういうものがあるとは知りませんでした。御開帳で厨子の扉が開けてあるとはいえ、遠いし、小さくて、御本尊の仏像はあまり良く見えませんが、それを補う工夫でしょうか。

Rimg0043s_2音楽寺の裏山の尾根筋にある十三地蔵。(十三権者の石像)
Thirteen stone jizo. (The thirteen founders of the Chichibu Thirty-four Temple Pilgrimage.)
Rimg0040s
音楽寺の南西は、秩父ミューズパークという公園になっていて、ベンチがあったので、そこでお昼のパン、サンドイッチを食べました。その後、どう進むかで、隊長と意見が分かれ、こちらは、もらった地図にミューズパークの中を抜けて行くルートが書いてあり、そちらの方が近道に見えるので、それを希望しました。隊長は、皆が歩いている登り道を引き返すコースで行かないと、道がどうなっているかわからないといい、結局、それなら別行動で行こうということになりました。

Rimg0046sミューズパークの中の散策路です。
A quiet lane in the Chichibu Myuzu (recreation?) Park, near the Ongakuji Temple.
日曜日でしたが、寒くてあまり行楽日和とは言い難く、ほとんど人がいませんでした。ここでは静かなハイキングができました。ところが、配布の地図のルートは、公園の園路から下の方に下るはずですが、その入り口らしきものが見つかりません。結局、公園の中をかなり大回りして、武甲見広場というところまで行き、そこから公園を出て、くねくね湾曲した道路を下って県道に出ました。携帯電話で隊長に連絡したら、こちらの位置はもう20分も前に過ぎたとのことでした。公称約13kmのコースでしたが、2kmくらいは余分に歩いたかも知れません。

第24番法泉寺で隊長と合流、巴川橋でまた荒川を渡って右岸側にもどり、秩父鉄道の影森駅のゴールに着いたのは、午後1時半ころでした。

秩父は、長瀞の変成岩の河岸は何回か見に来たことがありますが、川に沿う段丘上を歩いたのは初めてかも知れません。歩いたコースは、山の中以外は、農家らしい家、都市通勤者住宅、別荘のような家などがあって、ほとんど人家が途切れることがなく、平地が少ないためかもしれませんが、人口密度が高いところのように感じました。
このところ、中世の歴史に興味を持っているので、宗教(仏教)と庶民のつながりが深まったことの一つの顕れであると思われる札所巡りは、時代の理解の参考にもなりました。

2014年4月14日 (月)

「藩と日本人」

最近読み終えた本に「藩と日本人-現代に生きる<お国柄>」武光誠著、PHP新書、があります。
取り上げられた藩の成立過程から、徳川時代のその藩の組織、制度などが述べられていて、興味深く読みました。
最後のほうに(p.198-)、明治維新の廃藩置県のときに決められた県名と、徳川時代および維新後の明治初期の藩の名称と県名の関係のことが書かれていて、これは初めて知りました。
戊辰戦争、明治維新との関わり方で、藩を忠勤藩、日和見藩、朝敵藩に分け、忠勤藩の県名には旧藩名をそのままつけ、それ以外の日和見、朝敵には、県庁所在地の郡名や地域の山、川の名前をつけたというのです。
忠勤藩は、薩長土肥の鹿児島、山口、高知、佐賀のほか、福岡、鳥取、広島、岡山、秋田の9県だそうです。もっとも、和歌山県など、9県に入っていないのに、藩主の城のあった都市名になっていますが、ここは紀州藩と呼ばれていたので、中心都市の名が認められたのでしょうか。長崎、新潟など、旧天領(幕府直轄領)内に県庁が置かれたところも、県庁所在都市名になっているので、そのようなことがだいたい忘れられている現在では、分かりにくく、多くの方々にはどうでも良いことかも知れませんが、歴史好きの筆者は、面白く思いました。

Img_1802s 鹿児島県鹿児島市の鶴丸城跡。(平成22年)

Img_5703s 茨城県水戸市の水戸城跡、薬医門。旧水戸藩は、郡名が県名に使われたようです。(平成25年5月)




2014年4月11日 (金)

JARL次期会長は?

前回、JARLの選挙のことを書きながら、候補者のリストをなんとなく見ていたら、現会長のJA5MG局のコールサインが見当たらないことに気がつきました。さっそくネットで少し調べてみると、ある無投票当選の理事候補者のブログに、今期で引退のようだと書いてありましたので、次は別の方が新理事会で会長に選ばれることになるようです。定年制が導入されたので、現会長はそれにかかるのかも知れません。
流れとしては、現在の副会長から選ばれるのが順当なのでしょう。会員数や最近の流れから、3エリア、近畿地方の方が有力と見えます。
2年前に、ご自身のブログで、地方別の社員数の配分を会員数比例で行うことは、関東ばかり多くなりすぎるのでできないと、関東地方の会員の選挙権が軽いことを是認しておられるので、定数配分の是正を重視している当局としては、ちょっと考えてしまいますが、他のことも考えると仕方がないかも知れません。
JARLの動きをフォローしている方々には、既知のことかも知れませんが、日ごろ無関心な平会員には、その辺りのことは良く分かりませんでした。
「JARLそこまで言って委員会」という会議?の内容を報じたブログ(ある社員候補のブログの一部のよう)を見つけて、かなり事情が分かってきましたが、どこまで正確なのか保障はできないので、リンクはやめておきます。
理事候補者の選挙の結果次第で、もしそのような流れが遮られそうになった場合に、また前回のような混乱が再発することがちょっと心配です。社員総会での理事選任(承認)の手続きなど、前回の経験を踏まえて十分に検討し、改善されるのでしょうか。社員選挙できわめて簡単な公報しか出なかったことなどを見ると、あまり良く検討されていないようにも見えます。社員総会までにはまだ時間があるので、関係の方々の善処を希望します。
今晩は、21メガでテニアン島移動のJH0/JH1BXH局がEUのパイルアップを浴びているのが良く聞こえています。この記事は、それを聴きながら書きました。

2014年4月 8日 (火)

平成26年JARL社員・理事候補者選挙

Img_7815rts
JARLから選挙の投票用紙などが送られてきてから、数週間経ちましたが、まだ投票していません。18日必着とのことですので、今度の週末には記入して送らないといけないでしょう。
理事候補への立候補者2人からの投票依頼メールと、知人1人からの推薦メールが来ましたが、それ以外には、特に働きかけがありませんでした。

2年前に大騒ぎになったにもかかわらず、今回は、無投票の地方本部が多く、どうなっているのか、良く分かりません。また、JARLのHPの公報も簡単なもので、誰に投票すれば良いのか、決めかねています。
前回は、前の体制に反対したZグループがかなり鮮明な主張を繰り広げましたが、今回は、当時のグループのリーダーと4人の同調者が選挙に出ているようです。前回にZグループだった人たちが、他にも出ていますが、グループを標榜しないのは、作戦なのか、その後の2年で立場が変わったのか、その辺の動きが見えません。
元リーダーが前回と同じ全国選出の理事候補者に立候補していますが、社員総会で否認という前回の結果を考えると、確実に理事に就任するためには、自身が理事候補者に当選すると同時に、社員にサポートする人を増やさないといけないと考えるのが普通です。しかし、リーダー同調者の社員候補は、関東に1人いるだけで、どうもそのような動きは見えません。知名度は高くても、全国の各地方や各県で社員に立候補してくれるような支持者がいないのでしょうか。

社員もほぼ同じ顔ぶれとなりそうですから、選挙後の社員総会がどういうことになるのか、ちょっと気がかりです。
2年前に書いたように、私は、社員の理事候補者の承認権は、慎重に行使すべきだと思いますが、ほぼ同じメンバーの社員が2年経って、考え直してくれるでしょうか。

関東は、社員の選挙がありますが、前回の総会での行動とか、主張とかは、分かりません。人によっては、Uチューブの動画とか、ブログとか、ネット上でいろいろ明らかにしているようですが、ほとんど何も出していない候補者もいるようです。
JARLの公報も一人当たりのスペースが小さすぎて、違いがあまり分かりません。会員は、社員に全権をゆだねるのだし、理事選出権を持っているのですから、社員への立候補者に関する情報をもっと詳しくしてほしかったと思います。
個人的には、社員選挙権の地方別の格差是正に積極的な人がいたら投票したいと思っていましたが、見当たりません。3年前に決まったばかりのことなので、それを変えようというのは、難しいでしょうか。
交信したことがあるかどうか、QTHが近いかどうか、経歴からふさわしいかどうかなどをあれこれ勘案して投票することになるかと思います。

2014年4月 7日 (月)

富岡総合公園 Tomioka Park, Yokohama

昨日は、横浜市金沢区の富岡総合公園に行き、京浜急行の京急富岡駅に近い昔の富岡の中心部らしいところを通って帰りました。一昨年の4月3日の記事と同じ行事がある予定でした。現地に着いたら、悪天候の予報があったため、延期でした。昨年も予定の日は延期で、翌週はこちらの予定で行けず、今年も次の日曜日は行けないので、2年連続欠席になってしまい、ちょっと残念ですが、仕方がありません。延期の連絡が不完全だったらしく、幹事の人がいて、謝っておられました。高齢の方々がボランティアでしていることだし、こちらは正規メンバーでないので、苦情をいう立場でもなく、新緑がはじまったばかりの公園内を散策しました。

Img_7781s
海側の駐車場から坂を登って行くと、見晴らし台があり、東京湾が見えます。
Img_7785s
なぜか、低いところから枝分かれした大木が数本ありました。幼木のころから風を受けてきたためでしょうか。
Img_7798s
今まで歩いたことがなかった、公園の海側の崖の下の部分を歩いて、京浜急行線の方へ向かいました。国道16号から旧道に入ると、右の山側には、旧家らしい敷地が広い大きな家がいくつかありました。漁師の家だったのか金沢、横須賀方面につながる街道沿いの商家だったのでしょうか。
写真の家は、屋根がトタン葺きですが、かなり古いようでした。道沿いには昔ながらの火の見櫓もありました。現在は海が大幅に埋め立てられているので、昔の面影を想像するのは難しいですが、東京湾に面したのどかな漁村だったのではないでしょうか。もっとも、鎌倉時代には、金沢が鎌倉の東の港で、かなり重要な拠点だったらしいので、金沢に近い(金沢文庫まで電車で2駅)このあたりも比較的開けたところだったかも知れません。

Img_7810ts

2014年4月 5日 (土)

公園めぐりウォーキング

今日は、また我が家の隊長に誘われて、西の方の郊外の大きな公園を三つ回る約10kmのウォーキング・イベントに参加してきました。
出発して10分ほどの最初の公園、前にも書いたことのある武蔵関公園には池があり、ボート乗り場があります。まだ午前10時前で、すいているのと、シニア割引で30分100円とのことで、隊長からボートを漕ぐようにとの指令が出ました。水上から眺める桜はなかなか良いものでした。
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次の武蔵野中央公園へ行く途中には、なかなか見事な桜のトンネルがありました。
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武蔵野中央公園は、カイト・アンテナの実験場所の下見で行ったことがありましたが、だいぶん前のことで、ほとんど忘れていました。ちょっと遠いのと駐車が有料なので、実験には行っていません。
3番目の小金井公園までは、かなり距離がありました。ただ、千川上水と玉川上水沿いの部分が多く、ウォーキングのコースには適していました。途中、上水を利用した新田の村の庚申塔がありました。
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五日市街道の歩道橋から西を望む。左が玉川上水。
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小金井公園は、休日の人出で、賑わっていました。
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2014年4月 2日 (水)

水郷筑波国定公園移動運用 Portable JAFF-047

昨日、4月1日は、快晴で一昨日には強かった風もおさまり、絶好の移動運用日和でした。ほぼ半年ぶりのWWFF、ワールドワイド・フローラ・ファウナプログラム参加の国定公園移動に、霞ヶ浦(西浦)南岸の水郷筑波国定公園の区域に行ってみました。JA1FAQ局長にも、現地合流で一緒に行っていただきました。
この国定公園には、3年前に一度行っていますが、そのときは、オーバーシーは53局で、うち28局はARRL DXコンテスト CWでのアメリカ、カナダとの交信だったので、まだヨーロッパ、アジアの局とはあまり交信しておらず、呼んでもらえる可能性が高いと考えました。
前回は、犬吠埼でしたが、今回は、JA7IC局が3年前に運用された、稲敷市の和田岬付近にしました。当時は、震災の影響で、堤防が一部通行止めになったいたため、半島状になっている和田公園の北側には行けず、東側で運用されたとのことでした。
 JA7IC局によるJAFF-047移動運用

午前9時ごろ、和田公園の駐車場に到着、堤防の上を反時計回りに歩いて、適当な運用場所をさがしたところ、公園の西の端あたりの堤防道路沿いに、車を止められる程度の砂利敷きのスペースがあり、下の一般道路に連絡する道もあるので、そこで運用することにし、FAQ局と駐車場で落ち合って、一緒にその場所に行きました。
下の写真の看板に、赤の楕円形で、位置を示しました。
Img_7689s_mark QTH is marked by an red oval in the map in the Q-NP signboard.

今回は、もう一つ目標があり、VKのWWFF参加者と交信ができないか、南に向けて電波を出してみることでした。コーディネーターのVK5PAS局にメールで03, 04, 05UTCに、SSBでCQを出すと知らせておきましたが、これは、残念ながら空振りでした。0300のCQの後、フォーンバンドをワッチすると、VK3EY局が北米向けにCQを出しているのが聞こえたので、試しに呼んでみたところ、なんとか拾ってもらえました。ノイズのレベルが高く、了解度が低くて、こちらからは、47のレポートを送り、当局は、45をもらいました。QRZ.comのページを見てくれて、移動場所も了解してくれたようです。前の日に、書き込んでおいて良かったです。
Img_7703sA loop antenna for the 10 meter band.
オーストラリアを意識して、スプレッダーを東西に広げた28メガ用のループです。後ろでは、JA1FAQ局が何か作業をしています。

0500UTCからのCQを終わって、アンテナをどうするか、考えました。このアンテナでも、ロシア、ウクライナからCWのコールがあったので、そのままでもEU方面とできそうでしたけれど、2エレ・デルタ・ループもできなくはなさそうです。プル・カートに縛り付けたポールと、車の上のポールを同じ程度の高さにそろえられるか、手持ちのポールを調べてみると、リフレクター用が10cmほど低くなりますが、なんとかなりそうです。日曜日から、アンテナの形を直したり、TVフィーダーの代わりのはしごフィーダーを作ったりしたのを活用するのと、あれこれ実験をするのがアマチュア・スピリットだと発奮して、時間のロスは我慢し、アンテナ交換に踏み切りました。
プル・カートの重しに鉛バッテリーを載せたり、フィーダーのサポートのポールを立てたり、アナライザーでSWR、インピーダンスを測ったりで、都合1時間以上費やしましたが、作業を終わって、0630UTC過ぎから、オペレーションを始めました。
Img_7720s

Img_7711s_brush

 

The antenna was changed to a two element delta loop for 10 meters after 0630 UTC.

昨日の形では、2エレ状態でのラジエーターの共振周波数は、28.200MHz、そこでのインピーダンスは、約70Ωでした。(誰かさんではありませんが、実験ノートをつけていないので、記憶だのみです。)
トータルの交信局数は、60局、うち57局がオーバーシーでした。国内は、いつも呼んで下さるJA0LXP、JA1BPA、JA8RJEの3局でした。いずれも犬吠埼で交信済みにもかかわらず、コールしてくださいました。オーバーシーも聴いた覚えのある局がかなりありました。各局、コールどうもありがとうございました。コンディションは、開いてはいたけれど、あまり良い感じはせず、信号が弱くてコピーに苦しんだ局が数局ありました。
今回は、7メガは、フルサイズの逆Vアンテナを張ったFAQ局にお任せして、当局は出ませんでした。
日が暮れても少し頑張り、0930UTCごろにやめて、キャップランプを点けて撤収し、夜遅く帰宅しました。

Img_7716s      霞ヶ浦と満開の桜 Lake Kasumigaura and cherry blossoms in full bloom

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