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2013年12月10日 (火)

東久留米-秋津ウォーキング余話

せっかく歩いたので、ネットで地名のことなどを少し調べてみました。
コースは川がポイントでしたが、東久留米、清瀬ともに地名も川に縁があることが分かりました。どちらも明治の町村制施行のときについた名前ですが、久留米のほうは、黒目川を久留米川とも書いていたので、川の名前を村の名前にしたそうです。なお、鏡味完二著「日本の地名」付属の日本地名小辞典によると、「くるめ」は「小平地」に見られる場合と「くるめき」が転じた場合があり、後者は「河谷や山腹のぐるぐる曲がったところ」とされています。

Img_7174s         黒目川 下流の西武線鉄橋方向を見たところ
清瀬のほうは、明治に江戸時代の数村が合わされて村になったときについた名で、中心となった清戸の清と柳瀬川の瀬をとったものとか、柳瀬川の清流の瀬からとったものとか諸説あるそうですが、いずれにしても柳瀬川がからんでいます。

Img_7208s

          柳瀬川左岸を上流方向に歩く参加者たち

Img_7205s          柳瀬川左岸、清瀬金山緑地公園内の紅葉 

ところで、行程を三分の一ほど行った清瀬市の神山(こうやま)公園でしばらく休憩をしましたが、東北の隣に何か大きな建物が見えていました。学校ともちょっと違うようだし、何だろうと思っていましたが、これは、気象庁の気象衛星センターであったことが分かりました。
http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/index.htm
センターの前身の気象通信所は、隣の当時の埼玉県北足立郡大和田町(現新座市)から昭和25年(1930年)に現在地に移転してきたそうです。旧所在地は、大戦中は海軍大和田通信所だったところで、戦後、海軍が廃止され、気象通信所になったものが、朝鮮戦争のころから米軍用に提供することになり、現在も米軍施設があります。現在センターがあるところは、海軍大和田通信所の分室だったとのことです。
大戦中の通信や敵信傍受の関係で、大和田の名はときどき見ていましたが、所在地を知りませんでした。現在は武蔵野線の新座駅が旧大和田町の中心部近くにありますが、同線の開通までは鉄道駅からも遠く離れた農村地帯で、ノイズが無かったので選ばれたようです。

The most part of the route we walked on Sunday were in Higashikurume City and Kiyose City. Both names are related to the names of the rivers in the area: Kurume is taken from the Kurome River (Higashi means east), and Kiyose is related with the Yanase River.
We saw the big building of the Meteorological Satellite Center on the way. The site of the center was once a detachment of the large Owada Communication Station of the Japanese Navy during WW II.

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