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2013年10月

2013年10月31日 (木)

近江商人の町 Towns of Omi Merchants

近畿旅行第2日の10月15日(火)は、城廻りのほかに、日野(滋賀県蒲生郡日野町)と五個荘(ごかしょう、東近江市)の二ヶ所の近江商人の町を回りました。また、翌16日(水)午前には、台風の風がまだ残る中、近江八幡の市街を回りました。いずれも近江商人の建てた商家や家並みが残っていて、独特の風情を醸し出していました。
なぜ多くの近江商人たちが事業に成功して富を築いたか、いろいろな要因があったのでしょうが、この地域が肥沃で豊かな土地柄なうえ、琵琶湖の舟運、東海道、中仙道の陸上交通の利便性があり、他の地域に比べて有利だったことが基本にあったのではないでしょうか。その上に早期に獲得された商業のノウハウや精神的なものがプラスされ、全国的に活躍するまでになったのだと思います。

Img_6744rs五個荘金堂。水のきれいな掘割が印象的。
Gokasho, Higashiomi City, Shiga.

Img_6878rs

近江八幡新町の町並み。遠くに見えているのは八幡山(八幡山城跡)。麓には日牟禮八幡宮がある。
Shinmachi Street, Omihachiman City, Shiga.

Shiga prefecture, former province of Omi, has been famous for fostering many successful merchants for hundreds of years. Those merchants have built big houses and storehouses in their hometowns while their trade activities have spread to other parts of the country. Some of the old buildings are preserved well in towns such as Hino, Gokasho and Omihachiman.

2013年10月29日 (火)

大和青垣国定公園、高円山移動 Portable JAFF-068

10月18日(金)は、朝に吉野を出て奈良市の奈良奥山ドライブウェイに北側から入り、午前10時過ぎに若草山に着きました。古都奈良を上から眺めた後、春日山原始林の中の鶯の滝を見て、高円山(標高461m)の頂上の下の展望所に向かいました。
到着して万葉歌碑の写真などを撮ったりしたのですが、あまり広くなくて、持っていたイメージと違ったので、もっと先に広い展望台があるのかと思い、先に進んだら、下る一方でした。これは間違ったと気がついて、引き返し、展望台の北の隅に車をとめたのはお昼前でした。高さは地形図から約445mのようです。西から西南方向が展望できますが、北西は木が茂っていて展望がききません。しかし、地形図からは、ヨーロッパ方向に谷が切れ込んでいて、そちらへのロケーションとしては良いようです。
ここは奈良市の中心部にも近いし、観光用のドライブウェイの展望台ということで、計画したときから大きいアンテナを立てるのはちょっとまずいと思っていました。また、ドライブウェイは午後6時30分でクローズされるので、短時間で撤収できないといけません。そこで、釣竿バーチカルで我慢することにしました。

Img_7006rsA fishing rod vertical. Looking westward with the Nara basin below.

0417UTCから30分ほど7メガローパワー(約10W)で8局と交信しました。0500UTC過ぎからハイバンドに移り、18メガ、21メガで、50WでCQを出しましたが、呼んでくる局は少なく、0600を過ぎても3局ほどしかできませんでした。ワッチしてみると、もうヨーロッパも聞こえているようで、どうもこのアンテナではだめだと感じました。
3時間ばかりもいるのに、展望所に入ってくる車は2台ほどしかなく、それもすぐに出て行きました。これなら、もっと大きいアンテナでも問題ないと判断し、いつもの玉網の竿を車の上に立てることにしました。スプレッダーを使ったループは、少し手間がかかるので、ロープで引っ張ってデルタ・ループにすることにしました。車の斜め右前方に、使われていない掲示板用のポールが立っていたので、これを活用し、後ろのほうは工具箱を地面に置いて、ロープを結びました。

Img_7013rs A delta loop on top of the car. Looking towards northwest.

それでもセットに20分以上かかりましたが、0643に21メガでCQを出すと、すぐにUS8IBからコールがあり、その後は、0720過ぎまで、コールが続きました。この日は、前日に比べて信号レベルが高く、符号の判断に苦しむことはありませんでしたが、QRMがかなりあり、パイルが得意でない当局なので、手間がかかることがままありました。
この日の宿の夕食時間のこともあり、0815UTCまでで切り上げることにして、QRTしました。交信は全部で77局、うち66局がオーバーシー、11局がJAでした。

The Yamato-Aogaki Quasi-National Park, JAFF-068, was activated by the author on October 18 from the location near the top of Mt. Takamado, 461m ASL in Nara City, Nara. The band condition appeared better than the day before. I lost some operating time as I changed antenna from a vertical to a delta loop around 0630UTC.
Total 77 CW contacts were logged; 66 oversea and 11 domestic on 15m and 40m.

2013年10月28日 (月)

吉野山移動運用 Yoshino-Kumano NP, JAFF-029

近畿旅行の第三日、10月16日は、後回しにすることにして、17日の奈良県吉野町、吉野熊野国立公園(WWFF JAFF-029)の吉野地区のことを報告します。ここでは、主目的がアマチュア無線の運用でしたから、主にそのことになります。
朝の8時ごろに大阪府堺市を出発し、途中、吉野町の道の駅で気になっていた駐車場のことを聞きましたら、駐車場は下千本にある吉野山観光駐車場と如意輪寺の駐車場だけしかないとのことで、家で見ていた吉野山観光協会のホームページの図にたしかに載っていた上千本の駐車場はないとのこと、かなり大きな誤算でした。(帰宅後良く見たら、その他の駐車場は観桜期のみオープンと書いてありました。)
10時ごろに吉野山では一番下のほうにある吉野神宮に着きました。ほんとうは、金峯山寺に行きたかったのですが、駐車場がないとのことで、たくさんある寺社の中の一つを拝んで、聖地吉野山に敬意を表したことにさせてもらいました。大駐車場にもちょっと寄って様子を見たのち、宿泊予約をしている「太鼓判 花夢花夢」に行きました。地図では高低差が分からないのと、二ヶ所で営業しているので、見つけるのに少し手間取りましたが、10時半ごろ到着しました。途中のいきさつは省くと、今回泊まったところは民宿兼食堂で、バス停に近く、店などが並んでいるところ、駐車したのは、150mほど山側へ歩いた別館の前です。しばらく周辺を散策することにして、下の方にあった竹林院群芳園(宿坊)、桜本坊、上の方の桜美荘前の眺めの良いところなどを歩きました。
その後、宿に断って、2層になっている別館の前の駐車場の上の段に車をとめ、車の屋根に21メガサイズのループをセットしました。別館の建物がコの字型に駐車場を囲んでいて、北側の建物の西の端が北西、315度方向あたりになるので、ヨーロッパ方向の送受信に少し障害になりそうでしたが、他にオプションもないので、ここで運用することにしました。観光協会のHPの駐車場も、もし開いていても、狭いのと、杉林に囲まれているので、あまり運用向きではないようでした。
この日は、1158JSTから7メガで交信を始め、このバンドで、計60局ほどのJA局と交信しました。ロケーションのためか、郡部であるためか、あまり途切れずにコールがありました。午後の5時ごろから20分ほど、オーバーシー向けのCQが空振りになるので、7メガにQSYして交信した16局も含んでいます。
0500UTC(1400JST)から21メガに移りましたが、1時間近くの間、JA局3局からコールがあっただけでした。0555UTCにHA0LGからコールがあり、その後はほぼ続いてコールがありましたが、この日のオーバーシー各局の信号は今までで一番弱く感じ、コピーには集中が必要でした。0845あたりでいったん宿に引き上げ、食事、入浴をして1020ごろからもう一度オンエアしましたが、交信は2局だけでした。オーバーシー局50局、JA局5局を21メガでログしています。
信号が弱かったのは、コンディションとロケーションの両方のためかと思います。ビーコン・モニター局のデータは、10日ほど遡って見ることのできるものが少ないのですが、CT1JTQのデータから、17日よりは18日がだいぶん良かったと判断しました。

I operated radio in the Yoshino-Kumano National Park, JAFF-029, on Thursday, October 17. 115 contacts, 50 oversea and 65 domestic, were logged on 15m and 40m. I felt that the signals from overseas were the weakest since I started WFF/WWFF activation three years ago. Both band conditions and the location appeared unfavorable.

Img_6945rs

The site of the operation was the parking space of the new buildings of the Taikoban Kamukamu Inn.

The car was parked on the deck with wooden railings above the garage after this photo was shot. The space was surrounded by the buildings of the inn and was not the best for the direction of Europe.
The photo below was shot looking south. There was another building behind the camera that might have affected transmission and reception.

Img_6958rs

The room for the operator was about 150m down the road. It was not new but okay for sleep. Food was satisfactory and the owner’s family was good people with hospitality.

Img_6959rsThe view from the window of the inn's room. There are many cherry trees. The Yoshino mountain area is very famous for cherry blossoms.
宿の窓から見た桜の木と北西側の風景。部屋からの運用しても良かったかも知れませんが、庇が出ていること、駐車場が離れていることなど難点もあります。

2013年10月26日 (土)

観音寺城と安土城 Kannonji Castle and Azuchi Castle

もう5年ほど前になりますが、今谷明著の「近江から日本史を読み直す」(講談社現代新書、2007)を読んで、滋賀県に興味を持ちました。日本の歴史の展開に影響する重要な地域であり、史跡もたくさん残っていることに目を開かれました。今回の旅行では、あまり多くを見ることはできませんでしたが、城跡を二つと近江商人の拠点を見てきました。
10月15日(火)は、早朝に関を出発し、国道1号で鈴鹿峠を越えて滋賀県に入り、日野、観音正寺と観音寺城跡、五個荘、安土城跡と回って、宿泊場所の休暇村安土八幡に着きました。

観音寺城は、戦国時代の山城ですが、石垣を築いた城としては最初のものとされているようで、築城技術の発達の上で重要な城です。また、南近江を守護として支配した六角氏(元は宇多源氏の佐々木氏)の本拠地でしたから、京都の西隣という重要な領域の支配の拠点でした。半国なので、小さいような印象を受け勝ちですが、近江国は広大な陸奥国を除くと一番豊かな国で、半分でも平均の一国ほどの石高があり、軽視できません。
城跡(本城跡)には、観音正寺の参道になっている有料道路(500円)で終点の駐車場まで行き、寺に参拝してから、脇道を通って行きました。関東の戦国時代の城跡と違い、石垣がありました。長い年月を経て、かなり荒れていますが、本城直下の石段など、状態の良いところもありました。
標高433メートルの繖(きぬがさ)山の山上付近に築かれているので、道路がなかったらたいへんです。本城(本丸)のほかにもいくつも曲輪があったようですが、簡単には近づけません。それにしても、中世の人は足が丈夫だったのか、身の安全のためには不便を厭わなかったのか、高い山の上に立て篭もったものです。

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本城に入る虎口の石垣
The entrance to the central area of the Kannonji Castle, Omihachiman City, Shiga
The Kannonji Castle was built by feudal lords of southern Omi in 15th century and abandoned during the last quarter of the 16th century. It is one of the earliest castles that used stone walls for fortification in Japan. (WCA JA-00066)

安土城は、いうまでもなく畿内までの制覇に成功した織田信長が南近江に新たに築いた城です。遠くからあの山が安土城のあった山だと見ていたときには、もっと簡素な山城かと思っていましたが、実際に行って見て、その築城が大規模であったことに驚きました。周辺の平地から100メートル以上ある安土山(標高199m)を利用し、頂上の本丸までほぼ石垣で築かれていて、たいへんな労力を必要としたものと思われます。権力の誇示という意味があったのでしょうけれど、覇者となることがどれだけの実権を伴うものか、信長の回りにいた明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、前田利家など、目の当たりに知らされたに違いなく、その後の激動の数十年の彼らの行動の原動力を知ったように感じました。
33メートルの高さがあったとされる大規模な天守閣(わが国で初めての天守)の完成からわずか3年で本能寺の変がおき(1582年)、城も十日余の後に焼け落ちたそうで、戦国の世の変化の激しさの象徴のようなものでしょう。

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本丸を見上げたところ。
The entrance to the central area of the Azuchi Castle, Omihachiman City, Shiga

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本丸と天守閣の礎石。天守は五層七階であり、天守の石垣はもっと高かったよう。
The central area and foundation stones of tenshukaku, the main tower.
The tower is said to have been 33 meters high.

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大手道の階段と南方、近江八幡市街方面の眺望。
The view of the south and the main approach.

The Azuchi Castle is famous for its builder, Oda Nobunaga. He was just about to unify the country when he built this castle near Lake Biwa in 1579. There remains a testimony by a Portuguese monk who praised the tall central tower as a big structure that could not be found in contemporary Europe. The castle was burnt three years later shortly after the sudden death of Oda Nobunaga and abandoned a few years later. (WCA JA-00006)

2013年10月25日 (金)

東海道関宿と鈴鹿峠 Post Town Seki and the Suzuka Pass

10月14日(月)から19日(土)まで、5泊6日で主に近畿地方を旅してきました。
マイカーでの一人旅です。今まであまり国内で長距離のドライブをしたことがなく、一昨年の伊勢志摩が最遠、それも行きは浜松、伊良湖と泊まりながらのゆっくりした旅でした。今回の主な目的地は滋賀県の近江八幡付近、大阪府の堺、奈良県の吉野山でしたが、無理な長距離走行はしたくなかったので、一泊目をどこにするか、あれこれ迷いました。また、近畿の中で時計回りに回るか、反対に回るか、吉野での悪天候は避けたかったので、天気予報を見ながら直前まで考えていました。
結局、1日目は鈴鹿山脈の手前で泊まることにし、新幹線で何度も通っている関が原ルートではなく、亀山から国道1号線、旧東海道のルートで滋賀に入ることにしました。
ネットで亀山付近の宿を探したところ、旧東海道の関宿の宿場町の中で泊まれる唯一の施設とPRしている「石垣屋」というところを見つけました。
相部屋(男女別)の素泊まりだけの宿ですが、寝袋持込みで1泊2,500円と経済的です。キャンプ場のテントで寝ることを思えば、家の中の畳の上で寝られるのはずっと楽なので、ここにしてみました。
14日の朝の8時前に出発、午後1時半ごろ関に着きました。
近江から伊勢へ鈴鹿峠を越えて、二つ目の宿場です。江戸時代からの街並みと北側の寺社がほぼ残っていました。20年くらい前に、ちょっとだけ寄ったことがありましたが、当時よりも復元の方向での整備が進んでいるようでした。住民や所有者の方々にはいろいろとご苦労があるのだと思いますが、この街並みは、残ってほしいものです。

Img_6619s 右側が泊まった石垣屋、左は昔の旅籠の「玉屋」で歴史資料館(有料)

Ishigakiya (right) and Tamaya (left, former inn of the post town).

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玉屋の二階から東隣の石垣屋の奥の離れと庭を見下ろす。
当日は離れを使っても良いとのことで、泊まらせてもらった。客が少なく、二間の離れに一人で使用。石垣屋の庭もなかなかこったものでした。

The inner yard and a detatched rooms of Ishigakiya. I slept there.

建物は幕末ころの建築ということでしたが、襖に近在の文人のものか、旅人のものか分かりませんが短冊がたくさん貼ってあるなど、歴史が感じられ、往時の宿場の雰囲気を味わうことができました。

http://ishigakiya.tyonmage.com/

宿に荷物を置いて、車で鈴鹿峠を見に行きました。ほんとうは、麓の旧坂下宿あたりから歩いて登るのが良いのでしょうけれど、時間がないので仕方ありません。

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中央の高い石の標柱が峠の頂上と思います。中央上に「界」その下に「右 滋賀県 近江の国、左 三重県 伊勢の国」と2行に書いてありす。右(西南)に登っていく道は、高畑山に続く稜線の道です。峠の標高は、357m、琵琶湖の水面が85mほどありますし、高さはそれほどではありませんが、東の三重県側の斜面の傾斜が急です。なお、ここは鈴鹿国定公園(JAFF-062)の区域内です。もっとも峠のあたりは、茶畑や杉、檜の林になっていました。

Suzuka Pass looking from the northwest, Shiga side. The road in the wood is in the Mie side.

On my way to the Kinki region, I stayed at a budget accommodation by the name of Ishigakiya in the former post town of Seki, Mie prefecture, on Monday, October 14. The lodging is an old town house, built about 120 years ago, right next to a former inn along the Tokaido highway, one of the five major arteries in pre-modern Japan. The town was one of the fifty-three post towns along Tokaido and was an important one as it was near the Suzuka pass, which crossed the Suzuka mountain range. The range forms a border between the western Japan and eastern Japan. The pass is 357 meters above sea level. The eastern side of the pass is very steep and the modern Tokaido railway line and the Tomei Express Way detoured the pass fifty kilometers to the north choosing the former Nakasendo highway route instead of the traditional Tokaido route.
(The Suzuka pass is in the area of the Suzuka Quasi-National Park, JAFF-062.)
The town of Seki in Kameyama City, Mie, is preserved well and a good place to know how people travelled in Japan before the age of railways.

2013年10月12日 (土)

DU7/JH1BXH QRV from Negros Island

当ブログにコメントがありましたので、お気づきの方もあるかと思いますが、JH1BXH局がフィリピンの今日からネグロス島東部に滞在し、オン・エアしています。

クラスターにスポットがあったので、0840UTCころに聞いてみたところ、21.255MHzで聞こえましたが、当局のアンテナでは、ノイズレベルぎりぎりでした。しばらくしたら信号が上がってきたので、呼んでみたところ、コールバックがあり、ピークで59とのレポートをいただきました。ありがとうございました。
フィリピンの島の名前やコールエリアになじみのない方は、当ブログ左側にリンクがあるウェブページ、「DUのコールエリア」をご覧ください。

Kat, JH1BXH, is now in Negros Island in the Philippines, IOTA OC-129. I had a contact with DU7/JH1BXH at 0851UTC today, October 12, on the 15 meter band by SSB.

2013年10月 9日 (水)

信濃町-千駄ヶ谷-新宿散策

10日ほど前のことになってしまいましたが、石神井公園周辺に続き、家人が幹事をするグループ散歩の10月の予定コースの下見にお供して、信濃町駅から出発し、絵画館、千壽院、瑞円寺、聖輪寺、鳩森八幡宮、千駄ヶ谷駅、昼食休憩(ユーハイム)、新宿御苑というコースを歩きました。

今まで、近くを通ったことは何度もありますが、絵画館と新宿御苑以外は初めてで、なかなか興味深い散策でした。

ちょっと心配だったのは、絵画館前のヒトツバタゴの木がほとんど枯れ木になっていたことです。今のものも二代目ですから、寿命なのかもしれませんが、樹形が良く、咲いたときはきれいだったので、残念です。

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鳩森八幡には、富士山(富士塚)がありました。江戸時代の富士浅間信仰が盛んだったころ作られたようで、山頂には金明水もありました。

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新宿御苑も千駄ヶ谷門を入ったのは初めてでしたし、大木戸門に近い、北東の隅のほうにある、内藤家の時代からという歴史のある日本庭園を見たのもたぶん初めてでした。

途中で、純白の白鷺がいたのですが、じっとしていたので、人工のデコイだと思い込み、写真を撮りそこなうという失敗がありました。隊長どのは、1枚撮るのに成功し、鼻を高くしていました。(同行者は、このグループとは別の、中学高校の同期生7~8人のグループのハイキングの幹事も、年に1回くらいしていて、「xxxxxxx隊長」という呼び名を奉られているので、我が家でもときどき使います。「xxxxxxx」は、メール・アドレスに使っているローマ字ハンドルネームです。)

2013年10月 4日 (金)

Missing QSL’s Found QSLカード行方不明事件

I am not a serious hunter of the DXCC entities, the countries and certain territories of the world defined by the rules of the DX Century Club award. However, since quite a few entities had been accumulated over the years, and the functioning of my brain memory had deteriorated, it became difficult to know whether an entity is new for me or not these days. I downloaded a form for checking from the home page of JA7IC and made a table of the DXCC records about two weeks ago.
When filling the cells in the Excel table, I came to realize that some QSL cards were missing. I was agonized by the fact that the only card from Bahrain, MP4, (A9) was among them.
It took me a week to find the missing cards at the bottom of a cardboard box in a Japanese style closet, oshiire, in the house we temporarily lived in from last November till last April. The closet was supposed to store only the boxes of the belongings of our sons, but the important box brought into the space somehow by the mover.
The cards were obtained in the late sixties before I went off the air. Those were chosen on the basis of their designs except MP4BGX and VK2BKM/LH. I think the cards are nice even today.

Img_6542s
当局は、あまり真剣にDXCCを追いかけていませんが、再開してから30年くらいの間にすこしづつ交信エンティティが増えたのと、年とともに記憶が怪しげになってきて、どこが未交信なのかすぐに分からなくなってきました。そこで、2週間ほど前に、一念発起し、JA7IC局のホームページから、DXCC整理表をダウンロードさせていただき、リストを作ってみました。(TNX JA7IC)

http://ja7ic.dxguy.net/mydxcc/dxcclists.html

ところが、コンファーム済みのセルに、ニュー・ワンを入れていたクリア・フォルダーのカードや、近年に来て箱に貯めてあるカードから、コールを入力しているうちに、バーレインのカードや、他にも何枚かのカードが見当たらないことに気づきました。

他のものはともかく、バーレインは、代わりのカードを持っていないし、40数年前に当分QRTを決めたその最終日に交信ができたことで、思い入れがあったので、探しましたが、なかなか見つかりませんでした。

ある晩など、深夜に目が醒めて、パネルに入っていたかも知れないから、他の額と一緒に屋根裏部屋にあるかも知れないと思いつき、起きて見にいったのですが、ありませんでした。

1週間後の日曜日に、4月まで仮住まいをしていた家の、その家にそのまま預けておく箱を入れた押入れを見たところ、その中に一箱、預けないつもりだったのに取り残されて残っている箱があるのを見つけ、その箱の底から出てきました。もう一枚、QSLを貼ったパネルがあり、そちらはカードを外して他のカードと箱に入れたので、同じようにカードは、パネルから外したと思ったのですが、外さないまま、他の額や雑品と一緒に箱に入れていたのでした。

出てきたから良かったものの、1週間は気持ちが落ち着きませんでした。なにしろ整理が悪いので、あちらこちらの箱を開けたりして、ずいぶん余計な時間を使ってしまいました。

出てきた写真のカードは全部、40年以上前のもので、真ん中の下の2枚以外は、写真や図柄が面白いと思って選びました。例えば、一番左上のF8TCのカードは、写真ではちょっと分かりにくいのですが、右にエッフェル塔が描いてあり、QTHのサンジェルマン・アン・レイがパリの近くであることが分かります。

ちなみに、QRZ.comで調べてみたところでは、9局の中で、同じオペレーター名で登録されていたのは、YO2BSだけでした。この局とは、再開後にまた交信ができて、同じデザインで色が違うカードをもらっています。

万が一、何かの事情で探す人がいるかも知れないので、残りのカードのコールも書いておきます。VK4QM、HB9KB、W4JBQ、W5EU、W6ANN。

2013年10月 2日 (水)

RBN / Reverse Beacon Network リバース・ビーコン

Last Monday (local time) was an eventful day for my radio operation, as I saw my call signs in the RBN, Reverse Beacon Network page. I had been aware of the site from a couple of articles in the recent issues of the Japanese “CQ” magazine and a comment in JF1SGH’s blog, but I had thought that weak signals such as mine would not be caught by the skimmers in the network. Therefore, I had seen the site a few times to know what it was like, but had not opened the site when I called CQ’s. It came to my mind that recent increase of the number of lookups of my “QRZ.com” page might be explained by the RBN, and I transmitted on the 15 meter band while I was watching the page for the band.
I was surprised to see my call appear immediately after I started sending CQ’s. The skimmers who caught my signals during morning hours of local Monday were KH6LC, VE6AO, K3MM and WA7LNW.

R_beacon_2_30092013ts

I tried the system during the evening hours of the same day; the dx skimmers who reported my signals were OH6BG and 5B4AGN.

R_beacon_3_30092013ts

I was able to know that my signals reached dx locations even though there was no caller. However, I cannot be too optimistic as we do not know how big skimmers are using.  The Google photo of the antenna of K3MM in Maryland, U.S.A is shown below. I am sure average stations are not equipped with such an antenna.

K3mm_google_photo

一昨日、月曜日には、はじめてリバース・ビーコンのページを見ながらCQを出してみて、当局のシグナルもキャッチされていることが分かり、ちょっと驚きました。このシステムの存在は、CQ誌6月号、8月号の記事や、JE1SGH局のブログで知っており、サイトを見たこともあるのですが、もっと本格的なアンテナの局でなければ、スポットされないものと思い込み、電波を出しながら見てみたのははじめてでした。

コールが無くても電波は届いていることが分かります。当局の強さの信号でも、例えば、8J1SEA/1 とか、WPXハンターには珍となる 7N1xxx/0 とかの相手が興味を持つコールなら、もっと呼ばれるのかも知れません。ただし、IBPのビーコンがアンテナと送信電力に規格があるのに対し、こちらの方は、受信局の設備がまちまちなので、信号がピックアップされたからといって、必ずしも楽観はできません。上のK3MMのアンテナらしき写真が参考になるかと思います。

2013年10月 1日 (火)

CQ NA / CQ North America

I had called CQ during the morning hours of local time of several days on the 15 meter band in this fall DX season, assuming it was possible to find callers in North America, as there were some callers in Europe, but had found no caller until yesterday.
Two stations, AA0FO in Kansas and KN1W in New Hampshire, finally called me responding to my CQ’s. I know that it is reckless to call CQ’s with the 50 watt transmission by the Yaesu FT-450D through a meager dual band HB9CV for 10 and 15 meter bands, but I wanted to test my new setup. The band condition must have been good, and it must have been the best day of the week, still Sunday stateside though it was already Monday here in Japan. I was surprised to find the first and second callers beyond the Rocky Mountains. There must be many stations in the West Coast but JA call signs may not attract their attentions.

Img_6548ts

                Yaesu FT-450D on my radio desk

先日から朝の北米が開けている時間帯に21CWで何回がCQを出してみていましたが、一向にコールがありませんでした。ヨーロッパからは、ときどきコールがあったので、北米にも飛ぶのではないかと試していました。

昨日、月曜日にやっと2局からコールがありました。ちょっと意外でしたが、近くて出来やすいだろうと思っていた西海岸ではなく、ロッキー山脈の向こうのカンサスとニュー・ハンプシャーでした。西海岸の局は、JAを呼ぶ気にならないのかも知れません。

昨日は、コンディションが良かったのでしょう。また、あちらは日曜日なので、ワッチしている局も多かったと思います。今まで月曜日はだいたい他のことをしていましたが、月曜の午前を無線に有効活用しないと損だと思い始めました。なお、カンサスのAA0FO局は、3エレメントのクワッドといっていました。もう一局のKN1Wは、QRZ.comを見るとリグの前に少年がいる写真が出ます。本人なのか、子供なのかそれとも孫なのか、ちょっと分かりません。

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