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2013年7月 6日 (土)

江古田原沼袋古戦場(2)

江古田原沼袋の古戦場の石碑は、おそらくこの辺りが戦場だったのだろうという推測で立てられたものと思います。

現在では証明することは困難ですが、ひとつのヒントとされているのが、近くにある沼袋氷川神社の境内にあった道灌杉です。戦闘に際し、太田道灌がこの神社に陣を置き、戦勝を祈願して杉の苗を献納したと伝えられているそうです。この杉は高さ30メートルの大きな独立樹としてこのあたりのランドマークだったようですが、残念ながら昭和19年ごろに枯れてしまい、今は株の痕跡だけが柵に囲まれています。

神社は、妙正寺川の低地から台地に上がったところにあり、陣には具合が良さそうです。また、前回紹介した書籍「決戦」によると、豊島一族の領地と太田道灌の領地の境界線はほぼ妙正寺川に沿っており、道灌は勢力を伸ばす布石として、近くにある寺社に寄進をして、取り込んでいったそうです。

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合戦による死者を弔った塚の一つとして、丸山塚があったそうです。豊島塚とも呼ばれていたようです。現在は元の塚は失われています。公園の中に祠がありますが、これは昭和40年代に作られたものです。

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古戦場の石碑、氷川神社および丸山塚の位置関係が分かりやすいように、丸山塚公園脇にある案内看板の写真を載せておきます。この図は、上が東、左が北です。この辺りで川が曲がりくねっている様子が分かると思います。

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