Links - Locals

  • ex J3CK, JP1JCK
    The original owner of the TS-850S in my shack. SK, Nov. 30, 2015. RIP.





2021年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

2012年8月31日 (金)

V63PR at Falalop Island, Ulithi Atoll

I worked with V63PR at Falalop Island, Ulithi Atoll, Federated States of Micronesia yesterday evening local time on 30 meter band. It was not easy as my antenna was a low vertical and I had to repeat my callsign several times and received a signal report of 449.

Several years ago, V63LR was on the air from the same island. I looked for the signals in vain then, though I was able to receive interesting report on the possible site of the remains of Japanese airmen who perished somewhere in the atoll during WWII from the operator, Kei san, after his visit to the island.

V63PR is an island expedition by JJ8DEN, one of the most active expeditioners in Japan nowadays. The operator seems to have amazing energy to go to oversea as well as domestic locations every year from Hokkaido.

I wrote a letter to the operator two years ago asking questions about his location of his activities in Sado Island, Niigata, conducted half year in advance to my operation in Sado. He was very kind to reply, but it took a few weeks after I wrote my letter since he was somewhere in the Pacific when my letter reached his home.

Some of his activities took place in national parks or qusi-national parks, I think it would be nice if he becomes interested in the WFF program.

昨晩、ウルシー環礁のファラロップ島からオンエアしているV63PR局と10メガでなんとか交信することができました。

数年前にV63LRがQRVしたときにも探したのですが、コンタクトできませんでした。ただ、たまたま会ったことがあったオペレーターから、帰国後に同環礁への特攻攻撃で戦死した搭乗員の埋葬地の探索に関する興味深い情報を得ることができました。

今回のペディションは、JJ8DEN局によるものですが、同局オペレーターのエネルギッシュな移動には驚きます。現時点で、JAの最もアクティブなぺディショナーの一人だろうと思います。一昨年、私が佐渡へ行く計画を立てたときに、約半年前に佐渡に行かれた同局に運用地などをお尋ねした手紙を書きましたところ、ご丁寧にお返事をいただきました。ただ、こちらの宛先の書き方がまずくて一度戻ってきた(北海道の住所は、普通と少し違うので間違ってしまいました)のと、このときも局長が太平洋のどこかにお出かけ中だったので、お返事をいただくまでに時間がかかってしまいました。

同局の国内移動の中には、上記の佐渡を含め、国立公園・国定公園内からの運用もあるので、WFFプログラムにも興味を持ってくださると良いなと思っています。

2012年8月27日 (月)

Expedition to WFF JAFF-057, WFFペディション

I went on the air with a friend in WFF JAFF-057, Tenryu-Okumikawa Quasi-National Park, from Tuesday, August 21 through Thursday, August 23.
The location of the activity was in Neba Village, Shimoina-gun, Nagano, JCG 09008, and the spot was about 1,280 meters high above sea level.
The 21 MHz band on Tuesday evening was good for Europe and Asia and the 7 MHz band was open for domestic contacts Wednesday morning. About 100 contacts altogether were logged by me.

Img_4360ts

It was raining when we got up Wednesday morning and we chose to erect a simpler vertical antenna but at around 0900 JST / 0000 UTC the weather turned to cloudy. 

Img_4299s

The contact most memorable for me was the one with PY4XX on 15 meter band. This station responded to my first CQ 0006UTC Thursday, morning hours after breakfast local time. However, there were no callers after that station that morning. to our regret. It appears that there is little interest in the WFF program in North and South America.

8月21日(火)から23日(木)まで、友人と二人でJAFF-057、天竜奥三河国定公園 へ出かけ、移動運用を行いました。
コールやサポート、どうもありがとうございました。
運用場所は、茶臼山の東側、矢作川の源流地の湧水の近くで、標高は約1,280mでした。
1日目は曇り、2日目は、朝は小雨で、簡単なバーチカル・アンテナにしましたが、幸いセットアップを終えたころに雨は上がりました。3日目は晴れて、高原の青空と南アルプスなどの山並みの眺望を楽しむことができました。

当局の交信数は、合計100局強、オーバーシーと国内はおおむね半々でした。
1日目の夕刻から夜の21メガでオーバーシーと、2日目の午前の7メガで国内と交信したのが大部分で、2日目の午後以降は、交信局数が伸びませんでした。

3日目の朝に、1回CQを出したら、PY4XX局に呼ばれたのが印象的でした。ただ、その後まったくコールがなかったのは残念でした。

2012年8月26日 (日)

Mt. Chausu Highland 茶臼山高原

I went to the Mt. Chausu Highland in the Tenryu-Okumikawa Quasi-National Park with a radio friend from Tuesday, August 21 through Thursday, August 23. The highland is the border area between Nagano Prefecture and Aichi Prefecture. My car recorded 670km roundtrip from Tokyo.

We spent most of the time in Neba Village, Nagano but saw the Aichi side also. At around noon of Wednesday, we climbed twenty minutes to the summit of Mt. Chausu, 1,415m high.

Img_4349s_3

The Akaishi Range (the southern Japan Alps)

Img_4330s

The Aichi side from the summit of Mt. Chausu

Img_4295s

The northwest direction at sunset hour

8月21日(火)から23日(水)まで、アマ無線の友人と天竜奥三河国定公園内の茶臼山高原へ行きました。長野県と愛知県の県境近くで、ほとんど長野県側の下伊那郡根羽村で過ごしましたが、水曜日に標高1,415mの茶臼山に20分ほどかけて登ったほか、愛知側(北設楽郡豊根村)にもちょっと入りました。

1,250mから1,300mくらいのところで過ごしたので、東京の酷暑からしばらく逃れることができました。

最寄の中央道飯田山本インターから1時間近く国道153号、「三州街道」を走って根羽村の役場付近まで行き、そこから県道で高原へ登ります。最初の阿智村は天竜川流域ですが、治部坂峠を越えて平谷村に入ると矢作川流域で、もう一つ峠を越えて根羽村に入ります。走りでのあるコースでした。

途中、信玄塚入り口の標識がありました。戦国時代に武田信玄の軍勢が三河へ入り、長篠で織田信長軍と戦ったときなどの進軍路だったと思います。

2012年8月15日 (水)

ILLW 2012

今度の土曜・日曜にILLW,国際灯台・灯台船週末が開催されます。
本日現在で、437局のエントリーがあります。

このイベントは、現在、VK2CE ケヴィンさんがマネージしていますが、もとは、スコットランド西部の港湾・工業都市グラスゴーに近いエア市のハムがローカルの仲間と近傍のターンベリー灯台に移動して運用し、各国に呼びかけて国際的なイベントにしたものです。

Turnberry Lighthouse

(Website of the Northern Lighthouse Board)

Year Established: 1873, Engineer: David & Thomas Stevenson 

日本の近代的灯台は、スコットランド出身のお雇い外国人ブラントンが、同じスコットランドのスチーブンソン社の機材、技術を使って建造を指導したことに始まっているので、日本にも縁があります。

ただ、参加のガイドラインで、灯台の敷地そのものか、その隣接地で運用することが求められているので、灯台の管理が厳しく、周囲の土地もなんらかの形で利用、管理されていることが多いわが国では、参加可能な灯台は限られています。また、灯台開催時期が真夏のお盆のころなので、酷暑、交通渋滞などの難点もあります。

アマ無線大国、灯台大国の存在を示すためには、参加可能な灯台の近くの方々が短時間でも電波を出してくださると良いのですが、残念ながらまだイベントを知っている方が少ないようです。

The International Lighthouse and Lightship Weekend, ILLW, will be held next weekend. There are 437 entrants in the list as of today.

2012年8月14日 (火)

「俘虜記」 "Taken Captive"

 先週、本棚を整理していたら、大岡昇平著「俘虜記」が出てきました。付箋がひとつ付いていたので、開いてみると、新潮文庫版345ページで、『八月十日』という章の中の1ページでした。太平洋戦争で従軍し、フィリピンのミンドロ島で捕虜になり、レイテ島の収容所に入っていた主人公が、昭和20年8月10日に、米兵から日本がポツダム宣言を受諾することを知り、身近な俘虜としばらく会話した後、ひとりになって静かに涙を流す場面でした。

「 では祖国は敗けてしまったのだ。偉大であった明治の先人達の仕事を、三代目が台無しにしてしまったのである。 ・・・ あの狂人共がもういない日本ではすべてが合理的に、望めれば民主的に行われるだろうが、我々は何事につけ、小さく小さくなるであろう。偉大、豪壮、崇高等の形容詞は我々とは縁がなくなるであろう。」

 続く文も引用したいのですが、長くなるのでやめます。主人公は、明治十年代の偉人達の労苦を思えば、その後の拡大した領土やそれに伴う繁栄を失っても、出直すことはできるはず、と考えます。

 この文の初出は、昭和25年、大岡昇平は、明治42年(1909年)生まれで、戦前は会社員でしたが、「俘虜記」を書いた後、作家になりました。作品は小説ですが、実体験に基づいています。後年、「レイテ戦記」を書いたのも、捕虜収容所で在レイテ陸軍十六師団(京都・三重)やレイテ沖海戦に参加した西村艦隊(戦艦山城扶桑基幹)の生存者と一緒になったことが主な動機だったようです。

 この本を買ったのは、たぶん十数年前です。私が戦史に興味を持っていることを知った知人から、「レイテ戦記」を勧められ、上中下3冊を読み終わったあとのことだと思います。

I found a copy of "Taken Captive: A Japanese POW's Story" by Shohei Ooka in my bookshelf. There was a bookmark on the page that described what happend and what the autor thought on August 10, 1945, in the prisoner's detention camp in Leyte Island, the Philippines. I read the book more than ten years ago.

2012年8月11日 (土)

ロシアのプリフィックス地図 Prefix Map of Russia

7月3日の記事で、EI8ICのホームページにロシアのプリフィックス地図があったが、現在見当たらないと書きましたが、見方が悪かっただけのようで、昨日見つけました。

・ホームページのインデックスで、Ham Maps を選ぶ。

・出てくるメニューから Prefix Map 2 を選ぶ。

・さらに出てくるメニューから Russia または Russia - Interactive を選ぶ。

Interactive のほうが、プリフィックスの文字にカーソルを合わせるとオブラスト、共和国などの名前と中心都市名が表示されるのでPCで見る場合は便利です。

先ほどリンクしても良いかメールを出しました。返事が来たら追加したいと思います。

もう一度探してみるきっかけとなったのは、昨日、エラブカという町を描いたペン画数枚を見たことです。健診に行ったあと、時間調整のため、平和祈念展示資料館というところで開催されていた、「勝山俊一展- エラブカの人々と風景」を見ました。

http://www.heiwakinen.jp/event_insite/20120801-490.html

エラブカはどんなところかとWikipedia で見たところ、ウラル山脈の西にあるタタールスタン共和国にあるそうです。画家が書いた絵へのキャプションに、収容所暮らしでなければ、川(ボルガ川の支流のカマ川)に沿った良いところだ、とありました。プリフィックスは、UA4P,Q,R です。

I found a good prefix map of Russia in the site of EI8IC yesterday.

I saw some drawings of Yelabuga / Elabuga, by a Japanese artist/architect and wanted to find the prefix of the Republic of Tataria, where this riverside town exists.

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »